歴史はあるけど案外ポップな焼き物 福岡上野焼

伝統工芸品・民芸品

上野焼は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の引き上げ時に、肥後熊本藩初代藩主の加藤清正が連れて帰った朝鮮陶工・尊楷が基礎を作った陶器です。上野焼は江戸時代には、茶道具を作成する窯元として「遠州七釜」にも数えられるほど、茶人に愛されました。

上野焼の歴史

上野焼の歴史ですが、その始まりは豊臣秀吉の時代である1602年にまでさかのぼります。「文禄・慶長の役」の際に、加藤清正が李朝より連れ帰った尊楷が、豊前小倉藩主であった細川忠興と出会います。この出会いこそが始まりであり、尊楷を招いた細川忠興は、豊かな水質と土を備えた豊前国上野に窯を築きました。そして、上野喜蔵高国と名を改めた尊楷は、細川忠興の好みに合わせながら30年にわたり茶陶を献上し続けました。 その後、江戸時代に入ると、小堀遠州からの評価を得たことから遠州七窯の一つに選定され、多くの茶人に好まれるようになります。独特のあたたかみを感じられる茶陶として人気があったようです。 明治時代になると、廃藩置県の影響ゆえに豊前小倉藩がなくなるのとあわせて、上野焼も消えてしまったような時期がありました。しかし、後に田川郡の力を受けて再興し、以降は時代に合わせて趣を変えながら現代にも続いています。そうして昭和58年には、国の伝統的工芸品としても認めらるようになりました。400年以上にわたる歴史と伝統を受け継ぎながら、現代の風潮も受け入れた陶器であり、今後も更に洗練され続けていくことが期待できます。 以上のような歴史を持った福岡の上野焼は、地元の人だけでなく、今でも全国多くの人から愛されている陶器です。

上野焼の特徴

その最大の特徴は、他と比べて「薄づくり」であり、とても軽いということです。薄づくりであることから口当たりがよく、そして軽すぎない絶妙な重さは、使いやすく手になじみます。目立ちすぎることはなく、それでいて地味過ぎない適度な存在感から、知る人ぞ知る人気の高い陶器です。使用していると五感への心地良さが伝わってくるでしょう。 また、上野焼は使用する釉薬の種類が非常に多い点も特徴です。土が持っている素朴さに彩り豊かな釉薬が加わり、独特の美しさを醸し出します。料理や花などを盛り付けることで両者が互いを引き立てあい、一層の美しさを感じることができます。使用することで本当の素晴らしさを引き出せる陶器だと言えるでしょう。

上野焼の作り方

上野焼きの作り方は、おもにろくろを使って成形していきます。時折、押し型や手ひねりといった手法も見られますが、ろくろ形成が主流となっています。模様を付ける場合にはへらや櫛目、刷毛、彫りなどでつけていきます。絵付けは先に素焼きを施してから絵付けをして、再度1200度前後の高音で焼き上げ色を定着させます。上野焼きは薄いものが多く、軽くて実用面にも優れています。絵付けの作品はそれほど多くはなく、どちらかというと釉薬を用いて肌の質感、つや、自然の凹凸を楽しむ焼き物でもあります。薄い焼き方で茶の湯にも最適であり、細川忠興は上野焼きで師匠に習ったお茶をたて、茶の香りで心を和ませていたのでしょう。 現代でもこの上野焼きの作り方を継承し、伝統を今に伝えられています。福岡県田川郡では今でも上野焼きの協同組合が存在し、この素晴らしい焼き物を保存し、また販売も見られるのです。現代でも茶器の販売も行われていますが、現代のライフスタイルに合わせた飲食器も製作し販売しています。美術品のように飾って置ける花瓶や置物の制作にも力を入れており、インテリア押して楽しむこともできます。16世紀初頭は釉薬の自然の焼き上がり、素朴さ、質感や照りを楽しむ茶器でしたが、現代では若い人にも受け入れやすく華やかな椿や桜を絵付しデザインした食器類も製作されています。素朴な土の質感の上に華やかな花がぱっと咲き、毎日の食事に彩を添えおいしく食べられるのです。

上野焼を代表する作家や窯元

茶人に好まれる理由となっているのが、他の陶器と比較して生地が薄く、比較的軽量で扱いやすいこと、このように高く評価された上野焼ですが、大政奉還や廃藩置県などの歴史の流れの影響で、一時は窯の火が消えました。それを再興した上野焼の作家が、十三代目・熊谷九八郎です。1902年に行政の補助金を受けて復興した上野焼の窯元が熊谷本窯で、今では茶陶器や観賞用の陶器に加え、生活工芸品など現代の生活にもマッチした作品を作り続けています。特に現代の伝統工芸品に上野焼が指定されたことに大きく貢献しているのが、十六代目の熊谷保興です。国指定の伝統工芸士で、日本工芸会正会員でもある保興の作品は、皇室に献上されたり、博物館や美術館で買い上げられ、全国で個展を開くなど、作品を目にする機会が多くあります。また、上野焼の窯元として歴史が長いのが庚申窯です。今では親子三代で作品作りをしていますが、初代の高鶴智山は1960年から作陶を開始し、薪専用の窯を建設するなど、新しいことに挑戦する姿勢が鮮明に表れている香炉作りが得意な上野焼の作家です。二代目の亨一は美術系の短期大学を卒業後に庚申窯で作陶を開始し、大皿や大鉢をろくろで作成することが得意です。三代目になる予定の裕太は工芸とは関係のない国立大学を卒業後に作陶を開始し、釉薬を巧みに操り、現代の生活の中に溶け込む作品作りをしています。上野焼の作家として忘れてならないのが、世良彰彦です。日展に何度も入選し、日本現代工芸美術展にも入選歴がある作家で、個性的な形やデザインが陶芸の域を超えています。出展とともに注文作品を作っている上野焼八幡窯の様子はホームページでも見ることができ、注文もオンラインで手軽に行えますし、美術展や陶芸展を目指すための陶芸教室も開かれています。実際にこちらの陶芸教室の出身者の中には展覧会に入選・授賞した人も多く、美術系の大学のカリキュラムに近い内容が特徴です。上野焼の故郷である福岡県田川郡には、ほかにも複数の上野焼の窯元があり、それぞれの持ち味を生かした作品作りがされています。

上野焼の陶器まつり

毎年福岡県内では「陶器まつり」が年に複数回開催されており、そこでは彩り豊かな数多くの陶器を楽しむことができます。華やかな器の色を楽しみたい方や、実際に手に取ってみたいとお考えの方にはぴったりのイベントだと言えるでしょう。

【福岡県庁知らせた課】豊かな色彩が美しい伝統の器~上野焼(あがのやき)~

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