有田焼のあんなことやこんなこと

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「九州の駅弁」ランキング第1位!超お得な器付きの有田焼カレー

JR九州が企画した駅弁ランキングで第一位を獲得した有田焼カレー。有名な窯元による器がもれなくついてくるお得なお弁当です。 皆さんは有田焼カレーをご存知でしょうか。 有田焼の器に入った焼きカレーで九州の駅弁グランプリの絶品です。 佐賀県の名物駅弁!有田焼カレー 佐賀有田を紹介するテレビ番組や九州の駅弁大会で優勝した有田焼カレーは、今や佐賀を代表するグルメとなっています。 実際に有田駅で販売されている駅弁でカレーを食べて器をお土産にという人も多いです。 この有田焼カレーの特徴は、何といってもおいしい焼きカレーが有田焼の器に入っているということです。 他の駅弁とは違いお土産として貰っても非常に喜ばれます。 お取り寄せもできるのですが、焼きカレーを食べた後に有田焼も楽しめる事からプレゼントとして大変喜ばれています。 焼きカレー自体も好評でおいしいスパイスを28種類もブレンドしたもので、お米は佐賀県産などこだわって作られています。 有田焼カレーは、ネットでも購入する事ができ税込1,600円送料別です。 駅弁ランキング1位獲得の有田焼カレー 九州の駅弁ランキングで第1位を取り、お取り寄せグルメでもグランプリを取った有田焼カレーはテレビでも紹介され有名です。 1,600円でおいしい焼きカレーが食べれて有田焼の素敵な器もついてくるのですが、今また進化を遂げています。 有田焼でも有名な焼き物を作る10の窯元とコラボして有田焼カレーを販売しているのです。 器は通常の有田焼カレーの物とは違い、それぞれの窯元が有田焼の伝統を活かしつつ造った一品ばかりです。 有田焼の中でも有名な窯元や作家さんの作品ですので焼きカレーを食べた後、有田焼を堪能することができます。 価格は税込み5,400円から10,800円と幅広く、それぞれデザインも形も異なります。 新しい有田焼の可能性を追求した器が勢ぞろいしています。 自分で有田焼カレーを楽しむのはもちろんですが、お土産としても贈りものとしても最適な有田焼です。 有田焼カレーをお取り寄せ!お得なレトルトタイプも 有田焼カレーを食べてみたいと思われる方も多いのですが、なかなか有田駅まで行くことができない方はお取り寄せもできます。 有田焼カレーを作っているお店ではお取り寄せにも対応しているのです。 何度も有田焼カレーをリピートしている人になると、カレーだけが食べたいと言う人もいます。 そんな人の為に有田焼が付いていないタイプのレトルトカレーをお取り寄せする人もいらっしゃいます。 最初は有田焼付きで、次からはレトルトタイプ、という風に自分で調整して購入されても良いようです。 佐賀県産のおいしいお米で作った有田焼カレーはまさに絶品ですので一度はご賞味して下さい。 食べた後の有田焼も普段使いできる焼き物として喜ばれているのです。 有田焼カレー?それとも有田の焼カレー?? 味も食器も大絶賛の声! 九州出身の私は、デパートで九州うまいもの市があれば足を運ぶ。そこで出遭った焼きカレー。即購入しました。レンジで温めている間は、わくわくどきどき。食べてみると、予想以上においしかったです。母に話をしたら、食べたいと言っていました。 有田焼のお皿も魅力のようです。母にも送ってあげようと思っています。みなさんも、お試しあれ!!また、札幌に来てくださいね~~ チーズケーキのついでに~位の気持ちで購入した焼きカレー。 じ~っくり煮込まれた”手作りカレー”ってカンジが ドストライク!! 正直、お取り寄せのレベルの高さに驚きました\(~o~)/ せっかくだから「一家繁栄」の意味が込められているという ”ぶどう柄”をチョイスしましたがコチラも正解!! しん窯ファンで有田焼カレーファンです その二つが同時に手に入れる事が出来てなんと幸せ。 カレーは今までで一番美味しかったですよ。。 これからももっと素敵な企画期待しています。 しん窯の器は期待以上に使い易くてバッチリでした。 もう一つ欲しいなあ。 有田焼カレーの販売駅、催事情報2018年 -------【 有田焼カレーの販売駅 】------- JR有田駅構内(有田銘品館) 〒844-0018 佐賀県西松浦郡有田町中部本町 電話:0955-43-3020 営業時間:9:00~17:00 定休日:不定休 ----------【 催事情報2018年 】---------- 2018年3月7日(水)~3月13日(火) 博多阪急百貨店「第2回 全国有名駅弁とうまいもの大会」 開催場所:地下2階 食料品催事場 2018年3月14日(水)~3月21日(水・祝) 京王百貨店新宿店「大九州展」 開催場所:8階 催場 2018年3月15日(木)~3月20日(火) 東武百貨店池袋店「にっぽんの弁当祭」 開催場所:7階 大催場 東武百貨店池袋店 2018年3月21日(水・祝)~ 3月27日(火) 開催場所:8階 催事場 2018年5月29日(火)~6月5日(火) 伊勢丹新宿店「がばいうまかぁ!ISETAN佐賀特集」 開催場所:本館9階 催事場 2018年6月6日(水)~6月12日(火) 東武百貨店池袋店「有田の魅力展2018」 開催場所:本館地下1階 フードコレクション 2018年6月21日(木)~6月26日(火) 三越日本橋本店「がばいうまかぁ!MITSUKOSHI佐賀特集」 開催場所:8階 催事場
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え!?食器に鉛が入ってたの?知らなきゃ損する器のあれこれ。

中国製の土鍋から鉛が溶けだしたニュースが以前ありました。国産の食器については一体どうなっているんでしょうか? 鉛毒について 中国産土鍋から基準以上の鉛が検出されたらしいです。。。 中国産の土鍋から鉛が溶け出し、かなりの問題になっています。 中国製の土鍋から調理中に鉛やカドミウムが漏れ出す事件が国内で多発している。 陶器を焼き上げる際に釉薬として使われる上薬に鉛が含まれており、それが熱せられて流れ出したと考えられる。 鉛を摂取しすぎた場合、筋肉の衰弱、脳や腎機能の障害などの被害につながる恐れがある。 ホームセンターなどで安価で売っている土鍋は中国産が多いので気をつけたほうがいい。 鉛は食物にもごく微量が含まれており、日常的に摂取されている。そのような自然由来の鉛では急性の中毒症状を起こす量を摂取することは通常考えにくいものの、鉛に汚染された食品の摂取や鉛含有塗料片の経口摂取が起きた場合は鉛の排泄が追いつかず体内に蓄積され健康に悪影響を及ぼす。また、鉛の有機化合物(テトラエチル鉛等)は細胞膜を通して摂取されるため容易に中毒症状を起こす 九谷焼もかつては鉛毒に苦しんでいた! 鉛を使うことによって発色を良くしてきた経緯があるようですね。 でも一安心!法律改正による無鉛食器の登場 「これは食品衛生法の改訂が理由です。食器の鉛溶出基準が厳しくなり、飲食器には有鉛絵具が使えなくなることになり無鉛絵具を開発することになりました。そのころは家族だけで細々と経営していた窯なので、父はひとりで試作しては失敗し、また試作をし・・・のくり返しだったそうです。こういった技術によって、日常使われる食器にも和絵具を使用することができるようになったんです。」 有毒な食器に注意! 2009年の食品衛生法改定によって、人体に影響が出るほどの鉛が入った国内生産の食器は、法律上は存在しないことになっています。なお、中国などの外国から輸入した食器には、日本へ入る水際で厚生労働省の食品検査を受けなければ輸入する事は出来ず、検査をパスしたものしか輸入して販売出来ません。 ただし、そうした報道がある以上、流通する国内生産等のあらゆる食器の検査までは出来ていないようです。オークションなどで買う古い食器や、安すぎるものなどは注意が必要かもしれません。 食器 鉛 カドミウム 食器鉛 韓国 食器鉛 カドミウム検査 食器 鉛危険 中国食器鉛 無印良品 食器
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もしかすると備前焼!?土でできた信楽焼と石でできた有田焼の違い!

信楽焼と有田焼の大きな違いからざっくりと学ぶ!土の陶器と石の磁器について!! 焼物が好きで様々な地方を巡っていると、「この話はどこかでも聞いたな」と思わせる出来事に遭遇することがあります。 その一例が有田焼と信楽焼きでした。しがらきやきと読みます。 有田焼と信楽焼きの違いは何かというと、有田焼は陶石を原材料にした磁器ですし、信楽焼きは粘土を原材料にした陶器ですから、製作的な、あるいは技術的な共通点はありません。 では、どこに共通点があるかというと、置かれた環境に似通ったものがあったのです。 伊万里・有田は日本で初め誕生した磁器として有名です。 鍋島藩はそれまで同じように有田焼を焼いていた鍋島窯をお抱えの窯とし、その技術を門外不出のものとしました。 鍋島焼は高級な磁器、それ以外の有田焼は日常の食器という二分化が進んだまま、技術は代々伝承され、今日へと受け継がれています。 伊万里・有田の卓出したところは、伝統におもねることなく、新しい創造に取り組む窯元や作家が次々と現れ、切磋琢磨し、競い合う素地ができていたことです。 現代でもそれを象徴する出来事があります。 400年の伝統を継承する有田焼の名窯「香蘭社」などが率先して、有田焼の万年筆を世に問うて大反響を巻き起こしました。 「土」でできた信楽焼とは!! 一方、信楽焼きは滋賀県と三重県の県境にある高原地帯の甲賀市信楽町に位置し、火色、ビードロ、焦げと呼ばれる自然釉の美しさと粗く素朴な土味が特徴の焼物です。 耐熱性に優れていたことから、大型で頑丈な陶器に用いられ、当初は火鉢の生産で全国に知れ渡っていました。土が材料という意味では、備前焼に近いものかもしれません。 信楽は伊万里・有田と同じように、江戸期から窯焼きの技術を他の藩に知られないように極秘とし、他の地域から信楽の窯元へ働きに来ていた者には大切な技術に携わることはさせず、雑役のようなことをさせていたそうです。 また、陶工が信楽を出て焼物を作ることも禁じ、技術を漏洩すると厳罰に処せられたそうです。 ただ、信楽焼きの場合、有田焼のように伝統工芸的な作品づくりに力を注がれなかったため、今日でも生活雑器の生産が主体となっています。 ところ変われば、焼物も変わってくるものですね。 愛らしいたぬきの置物で有名な信楽焼は、有田焼をはじめとする日本の焼き物としても大変有名です。 しかも、信楽焼は「日本六古窯」といわれる、日本古来の伝統的な焼き物のひとつとしても注目されています。 信楽焼は、滋賀県の最南部の位置する甲賀市信楽町を代表する産業で、特に「他を抜く」との意味から「たぬきの置物」は商売繁盛のお守りとしても人気です。 現在の信楽では、食器・植木鉢等の日常の焼き物を始め、建築用タイル・陶板、狸等の置物、傘立て、花器、茶器、庭園用インテリアの焼き物等多くの商品が生産され私達の生活に根ざした焼き物が生産され、変化の激しい需要に対応する技術の開発が進められています。
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その見分け方は焼き物の産地 日本が誇る三大陶磁器

日本が誇る「三大陶磁器」知っておこう!「美濃焼・瀬戸焼・有田焼(伊万里焼)」について!! 日本人の多くが好きな「焼き物」。 大切な人への贈り物として、また人生の節目の記念品としても大変重宝されています。 今では日本の焼き物の技術は世界一と称され、美術品として貴重な焼き物も多数あります。 そんな日本の焼き物の歴史は大変古く、縄文時代の縄文土器は世界最古の土器ではないかと言われるほどです。 しかし、今日本人が好む焼き物の多くは中国や朝鮮の影響を受けてきたと考えられています。 飛鳥時代に朝鮮半島から伝わってきた「ろくろ技術」と「窯焼き技術」によって日本の焼き物は飛躍的に進歩しました。 特に窯焼きの技術が伝わった影響は大きく、1000度以上の高温で焼き物を焼くことで水漏れをせず壊れにくい焼き物が作れるようになったのです。 こうした技術は当時政治や文化の中心であった関西地方に伝わり、都が移ったり権力者が変わることで日本全国に広まっていきました。 では現在、日本国内でも有名な焼き物の産地というのはどこなのでしょうか? そこでここでは、日本の有名な焼き物の産地についてお伝えしていきましょう。 その見分け方は歴史(成り立ち)や産地で!日本が誇る三大陶磁器とは?? 俗に「日本三大陶磁器」と呼ばれる焼き物は、美濃焼・瀬戸焼・有田焼の三種類だと言われています。 美濃焼は、岐阜県の美濃地方で作られている焼き物でとても歴史が古く、平安時代から灰釉陶器が焼かれていたそうです。 そんな美濃焼の産地である岐阜県の隣である愛知県・瀬戸地方で作られているのが瀬戸焼です。 一般的に焼き物のことを「瀬戸物」と呼ぶように、瀬戸焼は「より多く、より安く」をモットーにして戦後特に発展しました。今ではそうした生産方式に終止符を打ち、より芸術性の高い瀬戸焼が作られています。 こうした瀬戸焼の磁器技術の流れを汲んでいる焼き物の産地が九州・佐賀県の有田焼です。有田焼は、戦国時代の朝鮮出兵引き上げの際に朝鮮半島から一緒に連れて来られた陶工により発展しました。美しい色彩の陶磁器で、瀬戸焼の陶工に磁器技術を伝授したのも有田焼の陶工だと言われています。 このように、日本には世界に誇る技術力で創り上げてきた焼き物の産地があるのです。 産地によって、見た目も手触りも全然違う! 日本の代表的な焼き物  ●九谷焼(くたにやき)…石川県 1655年、有田で焼き物を学んだ後藤才次郎が窯を築いたのが始まりといわれています。久谷五彩といわれる緑、黄、赤、紫、紺青を使った色絵磁器はとても華やかです。 江戸時代に加賀百万石と謳われ、絢爛豪華な文化を発展させた石川県では、茶器などの名器が九谷焼でよく作られています。九谷焼の特徴とは、色鮮やかな絵付けにあります。絵画的な絵付けの華やかさが特徴として挙げられ、その起源は世界、とくに中国の陶磁器文化の影響を受けています。模様の特徴が有田焼に似ているのは、九谷焼が有田焼から伝わってきたからだという説があります。 ●美濃焼(みのやき)…岐阜県 奈良時代の須恵器窯から始まったという説もあれば、室町時代末期に瀬戸工人が美濃に移住したことが起源という説も。素朴で大胆な絵柄の「志野」、薄手で上品な「黄瀬戸」、紋様が特徴的な「綾部」が有名です。 ●信楽焼(しがらきやき)…滋賀県 奈良時代から続く古窯といわれています。狸の置物がとても有名ですが、粘土に含まれる長石などの成分をそのまま活かして焼くため器の表面に白いつぶつぶが見えることが特徴です。 ●萩焼 灰釉薬を主に使用する落ち着いた風合いの萩焼は、わびさびの精神を好む茶の湯の世界で愛される焼き物として人気があるようです。萩焼の特徴は、磁器ではなく陶器としての温かみがあります。絵付けはほとんど行わないそうです。他には胎土を作る上での素材に違いがあるそうです。

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旅先で陶芸体験もできる!?九州にある焼き物とその産地!!

九州にある「焼き物の産地」をざっくりと知っておこう!! 私たちの生活に欠かせないもの…それは「焼き物」すなわち陶芸品です。 焼き物は、毎日の食事で使う食器やリビングを飾る花瓶などはもちろん、様々な場所で用いられています。 特に、毎日の食生活に欠かせない食器などは自分が気に入っているものを選んで使っている人が多いのではないでしょうか。 古来より、私たち日本人の生活に焼き物は必要不可欠なものでした。 世界最古であろうと言われる縄文時代の縄文土器に始まり、飛鳥・奈良時代に渡来した釉薬やろくろ、窯焼きの技術により発展してきた焼き物の世界は大変奥が深いものです。 そんな日本には、日本三大陶磁器と言われる美濃焼・瀬戸焼・有田焼を始めとする焼き物の産地が多数あります。 日本の焼き物というのは、四季折々の気候やその土地の風土と密接なかかわりがあり、地域によって風合いも違うものです。 そんな中でも、ここでは特に九州にある焼き物についてお伝えしていきたいと思います。 マップでも探してみよう!九州にある有名な焼き物と産地!旅先では陶芸体験も! 日本全国には多くの焼き物の産地がありますが、中でも九州は日本有数の焼き物が盛んな地域だと言われています。 それは一体なぜなのでしょうか? 九州は中国や朝鮮と近く、昔から文化的な交流も盛んに行われてきました。また、戦国時代に豊臣秀吉が行った朝鮮出兵の際、引き上げ時に朝鮮半島から焼き物が作れる陶工を多数連れてきたと言われています。 その影響により、秀吉が朝鮮出兵の際の拠点とした名護屋城のある現在の佐賀県を中心に焼き物文化が栄えたようです。 そんな九州には、佐賀県の有田焼や伊万里焼、長崎県の波佐見焼、鹿児島県の薩摩焼、大分県の小鹿田焼など、その土地の風合いに合わせた魅力的な焼き物が多数あります。 中でも日本三大陶磁器の一つとして有名な有田焼は、色鮮やかな色彩と使いやすさが魅力の陶磁器です。毎年5月に開催される有田陶器市には日本中から旅行ついでの観光客が集まるほど人気があるのです。 あなたも、そんな魅力的な焼き物を求めて九州に足を運んでみてはいかがでしょうか。現地では、ろくろ体験や絵付け体験といった陶芸体験ができるところもたくさんあるみたいですよ。 九州内にある磁器窯の産地を示したマップです。 九州を旅行される際は、焼き物の産地巡りも面白いかもしれません。 轆轤(ろくろ)体験や絵付け体験ができるところも多いですよ。 日本のマップでざっくりチェック!旅先で訪れたい有名な焼き物の産地!
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日本人なら知っておくべき!?日本の伝統工芸品「有田焼」の作り方!

日本を代表する工芸品「有田焼」ですが、その作り方を知ってる方は日本人の中にもそこまで多くはいらっしゃらないようです!なので、本記事では「STEP1(第一段階)~STEP5(第五段階)で有田焼の作り方」をお伝えし「興味深いデザインの有田焼」までご紹介しちゃいます!! 日本の焼き物文化を学んでみよう!!有田焼の作り方! かつて経済産業省のクール・ジャパンのイベントで取り上げられました「JAPANの有田焼」!! 今や、世界からも高い評価をうけつつある「日本を代表する伝統工芸品の有田焼」ですが、その作り方は意外と知られていないことが多いそうです!! 本記事では「ギフトを選ぶ際の豆知識・博物館や美術館に行かれる前の教養・海外の方への日本文化の紹介」として参考になりそうな「有田焼の作り方」を簡単にご紹介しちゃいます!! 焼き物は土や石などを原料を形にして、焼いて作ります。形が出来上がるまでにいくつもの工程があります。 ①採石 有田焼の原料は陶石と呼ばれる石が使われます。日本磁器の歴史は有田の泉山というところで陶石が見つかったところから始まっておりますが、 今では泉山の陶石ではなく、天草産の陶石が多く使われています。採掘された陶石はハンマーで砕石され、いくつかの等級に選り分けられます。 ②成土 石のままでは形をつくれないので、クラッシャーという機械でくだき、さらにスタンパーという機械で細かい粉にします。その粉に水を加えて適当な堅さの陶土をつくります。 ③土こね 次に陶土をよくこねます。陶土の中の粒にむらがあったり、空気の泡があったりすると、焼いたときに割れてしまったり、歪んでしまうからです。 ④成形 形や大きさに合わせていろいろな方法を使いますが、回転するロクロの上に陶土をのせて形をつくっていく方法が普通です。 ⑤素焼き ゆっくりと乾かした器をまず約九百℃で焼きます。 ⑥下絵付 染付という青色の模様はこの工程で描かれます。素焼きされた器の表面に藍色の絵具である呉須などで描きます。 ⑦施釉 器の表面をガラス質でおおうために釉薬を一面にむらなくかけます。 ⑧本焼 ガス等の燃料を使って、器を約1300℃の高温で焼き上げます。色絵磁器などではさらに上絵付・上絵付焼成の工程が続きます。 STEP1:有田焼(磁器)の材料になる陶石を集めて砕き、それをまとめて粘土(陶土)を作成! 九州陶磁(とうじ)文化館をたずねました。やきものは2種類(しゅるい)に分かれます。1000~1200℃でやく陶器(とうき)。そして、およそ1300℃以上でやく磁器(じき)です。磁器である有田焼の原料(げんりょう)は白い石。この石の中にはガラスと同じ成分(せいぶん)がふくまれています。この石を重さおよそ100kgのきねで14時間つき、細かくします。そこに水をくわえ、よくかきまぜると粘土(ねんど)になります。これが有田焼の材料(ざいりょう)です。 有田焼の素地はガラス質を多く含んだが原料で、砕いたその粉を練り合わせて焼いたものが磁器になります。今日では熊本県天草地方の山から採掘された石が主に使われています。このは砕きやすく形成可能な上、他の添加物がなくても(単身)均一に磁器焼成ができるという利点があります。薄くて軽いけれども硬くて丈夫、仕上がりの色が濁りなく白く美しいのも特徴です。このガラスのように透き通る白磁の美しさと磁肌のなめらかさが、有田焼の繊細で華やかな絵付を映えさせるのです。 STEP2:陶土(粘土)を使い轆轤を回して焼き物の形を作り、乾かして素焼きを行う! STEP3:素焼きした後に下絵付けを行っていく!! 陶土で作って乾燥した素地を約九百℃で焼いた物を素焼きと呼びます。この素焼きに呉須という酸化コバルトを主成分とする絵具で、 輪郭の線を描いたり、濃みとよばれる線の中を塗りつぶすことを下絵付といいます。濃みを描く為に使われる濃筆は鹿の毛で出来ている太い筆で、毛を指でおさえて、 呉須の液量を調整する事によって色の濃淡を表現します。呉須は中国の唐・明の時代から使われ、有田焼の技法としても広く使用されています。 下絵の色は青色意外にも、緑、桃、橙、黄などがあります。下絵付が済んだ後は釉薬をかけ、約千三百℃で焼くと素地は固く焼き締り、白くなり、表面は釉薬が融けて透明の光ったガラス質になっており、 その下に呉須で描いた模様が映ります。 釉薬の下に模様を描くのが下絵付ですが、その釉薬のとけたガラス質の表面に、金・銀・赤・黄・緑・青・紫・黒を使って様々な絵柄を描くのを上絵付といいます。焼き物の絵付がおわれば、上絵窯に入れ焼く八百℃で焼きます。そうすることでとても綺麗な色がつくのです。 上絵付の技法は1646年に中国から伝わったものを柿右衛門が始めたのが日本における起源とされています。上絵付の別名を赤絵ともいいますが、赤色だけを使ったものが上絵付にあたるわけではありません。他の色を使って描いたものもそれらに含まれます。 上絵付の絵描きの仕事は、粉状の絵具をすりつぶす作業からはじまります。それは何日もかけて行われるので、大変な忍耐を必要とします。 しかし近年は機会に夜大量生産の焼き物が出来る様になり、印刷技術により模様を転写する方法も行われています。 消費者のニーズに合わせ、焼き物のデザインが生まれ、手描きの絵付けだけでなく、そういった技術によっても新しい絵付の分野が誕生しております。 STEP4:施釉を行う!器の表面をガラス質で覆うために、釉薬をむらなくかけていく!! 【施釉(せゆう)】 下絵つけの終わった器に釉薬を掛ける。厚過ぎては剥げやすくなるため、適度な薄さで、ムラなく均一に施さなければならない。施釉後は、よく乾燥させておく。 STEP5:1000度以上の超高温で本焼成して完成!!上絵付けを行い焼き物の完成! 飾り物や生活用食器、ギフトとしても喜ばれる「有田焼」!英語圏でも人気なモダンな伝統工芸品!! 「有田焼作りの作り方:STEP1~STEP5」いかがでしたでしょうか?? 「400年以上の歴史をもつ有田焼」ですが、今でも伝統的な同様の製法プロセス(STEP1~STEP5)を経て「現代人たちの心も魅了するモダンな有田焼」が作り続けられています!! 最後にここでは「有田焼の作り方」を知った上で「400年の歴史を生きる有田焼」という作品はどんな色・形のバリエーションがあるのか??を実際にお見せしながらご紹介していきます!! 焼き物の製作工程 焼き物を大別すると陶器と磁器にわけられます。陶器は土か粘土を使います。 磁器を作る場合は陶石から陶土を作る必要があります。陶石を金槌で粗砕きしてよく乾燥させた後、 これを唐臼で長時間粉砕します。細かい粉になったものを大きな樽谷タンクに水と一緒に混ぜ合わせ、撹拌します。 白い濁り水になったところを別の樽にくみとり、沈殿させます。数日経って上澄みを静かに捨てると白い沈殿物が出来ます。 これが陶土で、これを素焼鉢や匣鉢に移して水分をぬき、成形に必要な硬さにします。 次に器物を作る工程に入りますが、その準備として土踏みをします。これは陶土の中に含まれる空気をぬくためと、 硬軟入り交じっている粘土を均一にするためのものです。この土をロクロの上に置き、形をつくります。 形をつくったあと、製品を2,3日乾燥させ、削りカンナで仕上げをします。その後、水ふき仕上げで素地の表面をなめらかにします。摂氏八百℃くらいで素焼きをします。 素焼きの製品の上に、呉須という絵具を使って絵を描きます。呉須に水を加え、引き臼ですりつぶして絵付けをすることを線描きと濃みといいます。 下絵付けが終わったら釉かけをします。この釉は長石・珪石に石灰分を調合します。うわぐすりとも呼びます。 施釉が終わったら本焼きするため、窯詰めします。今はガス窯がほとんどですが、登り窯のころは窯焚きを行います。本焼きの温度は1300℃~1500℃くらい。 上絵をつけるときはさらに本燃した製品に絵付けをします。このような複雑な工程を経て、陶石は磁器へと姿を変えていくのです。 磁器とは何か 磁器とは、陶磁器(やきもの)の一種です。 陶磁器は、陶器と磁器に大別されますが、そのうちの磁器についての特徴についてです。 磁器の原料は陶石と呼ばれる白い石です。 この陶石を砕いて粘土にしますが、陶器とは主原料の構成比率が違い、 長石や珪石の割合が高いのです。焼成温度は1300度で、陶器が1200度程度であるのに対して高温です。 1200度を超えると、珪石や長石が溶けてガラス化します。 このことで、硬質で耐久性のある仕上がりとなります。 ガラス質になるため、吸水率はほぼ0%です。 高温で焼きしめられているため、叩くと高く澄んだ金属音がします。 原料も白い陶石を使っているので、透光性のある白になり、顔料の絵付けもきれいに生きてきます。 そのため、基本的には透明釉をかけます。扱いやすく、普段使いにも最適です。 代表的な磁器は、日本では有田焼、九谷焼、砥部焼などがあり、 海外では青磁、マイセンなどが有名です。 そして日本での磁器の事始めは、有田焼なのです。 磁器の歴史と焼き物の産地 磁器は、古代中国で誕生しました。 中国における磁器は、陶器からゆるやかに変遷しているため、 最初の磁器が焼成された時期には諸説ありますが、殷代中期といわれています。 白磁が焼成され、生産が盛んになったのが隋の時代です。その後改良を重ね、 日本にも伝わってきました。 戦国時代になると、千利休により茶の湯が流行し、武将たちは高麗茶碗に興味を持ちました。豊臣秀吉の朝鮮出兵の折に、佐賀藩主鍋島直茂は、数千人の陶工を連れ帰りました。その後鍋島藩は、積極的に陶磁器作りを奨励していきます。陶工の中に、有田焼の陶祖といわれる李参平がいました。彼は陶器の制作に納得できず、磁器の原料を探す旅に出たのです。そして、有田の泉山で白磁石を発見しました。ついに有田で1616年、日本初の磁器の焼成に成功しました。混ぜ物をせず、単身で白い磁器が作れる磁石は世界でも珍しく、泉山磁石と天草磁石だけです。 初期の有田焼はシンプルに白地に藍のものが多く生産されていました。 その後、多彩なものへと変遷していきます。色絵の中でも、赤を鮮やかに発色させることは特に難しいのですが、酒井田柿右衛門が成功し赤絵技法を確立させました。これは大変画期的で、鮮やかな磁器は人気を博し、オランダの東インド会社によってヨーロッパに輸出されました。伊万里の港で船積みしたため、有田焼は伊万里焼と呼ばれました。1670年から1690年代にかけて、「IMARI」は、欧州貴族の間で流行しました。豪華な色絵や金襴手は、純金と同等の価値で取引されたほどです。 世界に影響を与えた日本の磁器、有田焼は、ドイツのマイセン設立の礎ともなりました。イギリスのチェルシー、フランスのシャンティーなど、17世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパ各地の窯に影響を与えたとされています。 有田焼はさらに芸術性を高めてゆき、19世紀にはパリ万国博覧会に出品されました。 現代も、有田焼の陶工たちは、伝統を継承しつつ現代のライフスタイルに合った磁器を作り出しています。 陶器とは何か 陶器は作られるまでに長い時間を要します。 まずは材料となる土から用意する必要があります。もちろん土ならなんでも良いと言うわけにはいきません。1000度を超える火に耐えれるものが必要。土の用意ができたらよく練ります。 粘土が完成したところで、陶芸といえば、ろくろの出番。ろくろには手動式のものと電動式のものがあります。粘土はやわらかいので形が崩れやすく、集中力が不可欠。 形ができたら、ろくろから丁寧にはずし、乾燥させます。温度や湿度、作品の大きさや厚みによって、数日から数週間、全体的にむらなく乾燥するまで待ちます。この間、半乾燥と呼ばれる数時間の乾燥の後、形作りを仕上げ、後にしっかり乾燥させる場合もあります。形ができたら、ろくろから丁寧にはずし、乾燥させます。温度や湿度、作品の大きさや厚みによって、数日から数週間、全体的にむらなく乾燥するまで待ちます。この間、半乾燥と呼ばれる数時間の乾燥の後、形作りを仕上げ、後にしっかり乾燥させる場合もあります。 早く乾かそうと焦ると、ひび割れの原因になるので、ゆっくりじっくり乾燥させなければなりません。 早く乾かそうと焦ると、ひび割れの原因になるので、ゆっくりじっくり乾燥させなければなりません。 数日から1~2週間ほど乾燥させたら、いよいよ窯の出番です。800度ほどで数時間から一日焼きます。この工程を素焼きと呼びます。 数日から1~2週間ほど乾燥させたら、いよいよ窯の出番です。800度ほどで数時間から一日焼きます。この工程を素焼きと呼びます。 釉薬(ゆうやく)を使い色付けしたら、再び窯に戻し本焼きをします。1200~1300度の高温で数時間から、大きな作品では数週間焼き続け、できあがりを待ちます。 窯の中の温度が下がったら、やっと完成品とご対面。想像を全く超える作品や残念な失敗作かは、窯のみぞ知ると言ったところでしょうか。 土器は料理から儀式まで様々な用途で使用された焼き物の元祖 土器は縄文式土器、弥生式土器、土師器(はじき)、そして須恵器(すえき)に代表されます。主に粘土を用いて形作られ、焼き固められた容器の事で、 所謂、素焼きと言われるものです。時代時代で文様や形状も異なり、それぞれ特徴を持った土器になっていると言えます。 縄を撚り、束ねて文様を作った事から名付けられた縄文式土器は、食べ物の煮炊きや盛り付け、水などの保存に使用されていました。又、それ以外に祟 りや怨霊など、死者の霊が関与すると信じられていた災難の排除に、呪術用としての重要な役割も担っていました。 その為、初期の縄文式土器はシンプルとは言え、総体的には複雑な文様で形の変化も際立ったものになっていました。 一方、土器が出土した向ヶ丘貝塚のある弥生町に因んで付けられた弥生式土器は、高杯や鉢などの食べ物の盛り付け用から、煮炊き用の甕、保存用の壺など、実際の生活の場で役立つ実用的なものを主体に作られており、呪術とは無縁のものでした。 そして、よりシンプルでバランスの取れた形が特徴の土器が土師器です。色は赤褐色で個人用の食器など、実用的なものを中心に作られています。弥生 時代から引き継がれた技法で、底から紐状にした粘土を輪積みにして形作ったものを焼いて仕上げます。 しかし、同じ土器でも焼きの温度1000℃を目安に、それよりも低温で野焼きされたものは縄文式土器、弥生式土器、土師器として同系列にまとめられ、 1000℃以上の高温で、ろくろで成型し、焼締められる須恵器とは区別されます。 須恵器は新羅土器などとも呼ばれ、朝鮮半島伝来の技法で窯の中での焼成が特徴です。硬く緻密な青灰色の土器で、奈良県で生産されたのが始まりです。 堅牢度が高く、水や食べ物の保存用に適した壺や甕、皿やお椀などの生活用品として、又、葬祭事用容器としても使われていた様です。 この須恵器から更に発展したものが、現代の私達の生活に身近な備前焼、信楽焼、越前焼などの陶器と言われています。 縄文式土器の作り方は、まず粘土を手でこねて、ひも状にします。それを土台となる丸くした粘土に巻いていき、しっかりとくっつけていきます。ひも状の粘土をしっかり伸ばさないと、空気が入り、破損の原因となります。 その後、縄で土器の表面に模様をつけたり、粘土で装飾をつけます。これらの模様は、装飾的な意味もありますが、土器の表面を縄で模様をつけることで、土器の強度をあげる効果もあるそうです。出来上がった土器は一週間乾ほど燥させた後に、野焼きを行います。 野焼きは広い場所で火をおこし、薪をくべて熱くなった中に、土器をいれて焼き上げます。ここできちんと粘土つなげていかないと、焼いている間に破損してしまいます。縄文時代の土器は、焼き上げたあとに調理器具としてつかうため、焼きあがった土器に米や雑穀などを入れて煮込む作業を行います。 こうすることで、穀類のでんぷんが土器の中に入り込んで、水が漏れにくくなるのだそうです。 釉薬の作られ方 有田焼を分類する際に最も基本となるのは釉薬です。釉が白く見えるものを「白磁」、緑色や青く見えるものを「青磁」、茶色やチョコレート色に見えるものを「鉄釉」などと呼びます。それに加えて釉薬の下に別の金属物質で模様を表したものを「染付」や「辰砂(しんしゃ)」と区分し、さらに釉の上に色絵具で文様を描き、再び焼いて文様をあらわしたものを「色絵」と分類しております。このように釉薬を中心にして、釉薬自体の成分にもとづく色調の違いによる分類と、釉薬の上下の絵付けで分類するのがほとんどでございます。 湯のみ、茶碗など何気に毎日使用している物、この原点になる釉薬はどのようにして出来たのでしょうか。 釉薬(ゆうやく)とは、別名上薬(うわぐすり)とも呼び、陶磁器や琺瑯の表面をガラス質にするためにかける薬品のことを言います。 釉薬をかけて焼くことにより、器は様々な色に変化し、また小孔をガラス質が覆うことで液体や気体が染み込まないようになり、丈夫になります。 釉薬の原料は主に長石、灰、粘土であり、大抵は3~10種類位のものを混ぜて作ります。 まずそれぞれの原料をきちんと計ります。それらの原料をよく混ぜてから水を加えていきます。それを篩に何度かかけ、沈殿させた後に濃度を調整すると釉薬の完成です。 それぞれの原料には働きがあり、骨格となる成分、熔ける温度を調整する成分、色をつける成分が含まれています。 通常、粘土は1250℃付近で焼成するとガラス化して陶器となるため、釉薬も同じくらいの温度で熔けるように調整します。 釉薬の調整は経験的に行われることも多いのですが、ゼーゲル式と呼ばれる化学式を用いることもできます。 ゼーゲル式を用いると、その調合ではどのくらいの温度で溶融するか、またどのような色調になるかを予測することが可能です。 計算式はかなり複雑ですが、現在ではその計算を行うエクセルシートをダウンロードできるwebサイトもあるようです。 釉薬に関しては様々な成分が複雑に作用しているので焼成の影響も受けますし、それにより焼き物の出来も違いがでてきます。 釉下について 肥前磁器はさまざまな方法で器を飾りましたが、その装飾の仕方には大きく分けると、前述した釉薬の上、そして下に分けられます。まず、本焼き段階で彩られた釉薬の下に文様を表す方法としては、「染付」を代表として、「鉄絵」「辰砂」などの色の顔料を使い、ふつう筆で表現する技法があります。加え、素地が成形後、まだ柔らかい間に、器体に掘ったり、押捺するなどして陰刻する方法として、「線彫り」「ヘラ彫り」「印花」「飛鉋」などがあります。その一種で、切り抜いてしまう「透かし彫り」もございます。陰刻に比べて少ないですが、文様を素地上に貼付けて陽刻で表す「貼付」や白化粧土で文様を表し、白く浮き出た文様を表す「白土描法」もわずかにございます。 染付の作り方と歴史 中国・元時代の14世紀に、江西省景徳鎮で青い文様を筆で描いた染付の生産が始まりました。中国では「青花」と呼び、青色顔料の呉須(ゴス)を用いた磁器はもっと早く宋時代に始まったという説もございます。 15世紀に主流であった青磁に代わり、染付は次第に普及していきました。16世紀になると磁器の主流となり、大航海時代により万里を超えてやってきたポルトガルやスペイン等がアジアに進出。景徳鎮の染付をヨーロッパにまで大量に運び始めました。 日本の戦国時代には景徳鎮の染付が高級磁器としてたくさん輸入されました。染付の需要が増大したため、海外輸出しやすい福建省南部でもより粗製の染付生産が16世紀後半から本格化しました。 そうした染付が磁器の主流の時代に、肥前磁器が、日本初の磁器として佐賀県有田で誕生しました。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、連れられて来られた朝鮮の陶工が有田で焼成に成功した事が始まりです。 16世紀の朝鮮では白磁が主流であり、白磁を作っていた陶工でありましたが、日本人が景徳鎮の染付を求めていたため、ただちに染付生産を行うこととなりました。 青色の顔料は呉須といい、中国から輸入したコバルトを含むもの。スマルトとも呼びます。中国も古く元から明の15世紀ころまではペルシャから輸入したといいますが、16世紀になると代わって中国産の呉須を使うようになりました。 日本で最初の磁器として始まった有田の染付では、装飾の仕方として輪郭線などを描く「線描き」と、その線の内側を面として塗り込める「濃み(ダミ)」に大別されます。両者は使う筆も異なり、分業体制の中では職人も異なりました。ちなみに、線書きをおこなう職人は、当時、「絵書き」と呼ばれたといいます。ろくろをまわして成形をする「細工人」とともに重要な職人でございました。 有田磁器の場合、1630年代では染付けの線描きとダミで主に表現されましたが、この磁器に見られる方法として点描が少なくありません。また吹き墨と呼ぶ、吹き付けて背景を作る表現もございます。 1630~40年代ころになるとダミに濃淡2種類以上を使い分けて表現するものが多くなりました(染付唐人変型小皿 1640年代など)。また線描きにより細い線描きも現れました。染付のダミ地に釘状工具で呉須を掻き落して青い地に白抜き線の文様を表すものです。(染付兎網目文小皿 1630~1640年代)また青磁や瑠璃釉との組み合わせで表現した染付もございます。青磁との組み合わせでは青磁釉の下に表現するほか、青磁釉を掻き取り鷺などの文様を染付で表現し、くちばしなどは青磁釉の上からゴスで描くこともありました。 肥前磁器の技術は1650年前後に中国の技術を導入して著しい技術革新を果たしました。染付装飾の上では、白抜き線の表現がそれまでの掻き落としに代わって墨弾き技法が始まりました。(染付月薄草花文皿1650~60年代)墨弾きは白抜き線文様を先に墨をつけて筆で描き、上からダミで塗り、焼くと墨は消えゴスは残るのです。こうした両者の正確の違いを利用して、繊細な白抜き線文様を表しました。 また、墨弾きの場合、白抜き線を輪郭として内側を濃いダミで表し、外を薄ダミで表すなど、より豊かな表現が加わりました(染付水仙文変形皿)。さらに、線彫りを施したり(染付瓜文皿1650~1660)、型で陽刻文様を表した上に薄ダミを施して焼く事で凸部の文様が白く浮き上がります(染付桃葉文桃形小皿1650~70年代)。17世紀後半になると、線描きは17世紀前半に比べて細くなり、より滑らかでもっとも絵画的表現に近いものとなりました。ダミも濃淡2種に加えてぼかしダミも巧みになります。(染付雪輪唐草渦文輪花小皿1655~60年代)一方吹き墨はほとんど行われなくなりました。 1670~90年代には一層線描きが細かく繊細緻密な表現となる。色絵では柿右衛門様式が作られた時期です。この時期にも青磁染付があるが、17世紀前半と異なり、青磁釉を掻き取るのでなくマスキングして青磁釉をかけ、文様を染付けし、一部は青磁釉の上からゴスで描きました。(青磁染付鳥文葉形三足大皿1660~80年代)染付兎文兎形小皿1660~80年代はこの時期に雨降り文などいくらかみられる微細な列点状の表現で兎の毛を表したものです。18世紀前半に鍋島焼きがこの表現の兎文皿を作っております。 特殊な例として染付蝶花唐草文輪花皿1670年代 の蝶の羽の斑紋はゴスを濃く塗り、銹状の茶色で表現しております。 この時期に型紙摺りで表す方法が始まりました。文様を刻んだ型紙を器面に当て、呉須を摺り込み、型紙をはずすと文様が表せます。筆で描くのとは違った味わいの線描きです。(染付桜花七宝紋手塩皿1680~1710年代) さらに1690年代になると、染付模様をはんこで表すいわゆる「コンニャク印判」技法が現れました。(染付宝珠梅唐草文角手塩皿1690~1700年代)この技法は18世紀で消えた為、現在、どのような材質のはんこであったかなど不明ですが、曲面に押しやすい弾力性のある印材であったと推測されます。同じ頃に同様の技法が行われた中国では牛の皮に文様を刻み、それによって押したとのことです。 1690年代ころにみられるものとして、型で太刻模様を外側に表した香炉・瓶・蓋物などがあり、それに濃淡のダミを加えて独特の表現となりました。(染付柴束花紗綾形文八角香炉1690~1700年代) 18世紀になるとゴスの青の色調は、よく焼けている場合でも、青黒く見えるものが現れます。 18世紀後半になると、ゴスは一層青黒いものが多くなりました。墨は時期は17世紀後半のような繊細で滑らかな表現ではありません。青磁染付や瑠璃釉染付も引き続き作られました。 1780~1810年代に吹き墨が再び現れますが、小さい塊の連続であり、初期の吹き墨とは技法には違いがあると思われます。(染付貝文猪口1780~1820年代)19世紀前半にはゴスは鮮明な青黒い発色のものとなります(染付牡丹花唐草文輪花皿1800~40年代、染付茄子文八角小皿1800~40年代)。1820年代以降、線描きのみで文様を表した「素書き」と呼ばれる装飾が中国清朝時期の影響で流行しました。(染付花唐草文鉢1810~50年代) 有田焼の原材料と泉山磁石場 日本磁器発祥の地 有田の歴史は、17世紀初頭、金ヶ江三兵衛がここ泉山で陶石(磁器の原料)を発見した事から始まります。 それまでは陶器が主流だった我が国の陶磁器生産に大変革がもたらされ、有田周辺には多くの磁器窯が築かれました。 江戸時代、良質の泉山陶石は皿山代官所によて厳しく管理・統制されており、そのため利用出来る範囲も限られ、最も上質なものは御道具山(鍋島藩窯)が使用し、それ以外の陶石を内山、外山などの窯焼きが購入する場合は等級の区別がありました。 「400年かけてひとつの山を焼き物に変えた」と言われる泉山磁石場は、日本磁器生産に関わる遺跡として、天狗谷窯跡、山辺田窯跡などの五窯跡と共に昭和55年、国の史跡に指定されています。 陶磁器は自作できる??英語圏でも人気!おしゃれな「焼き物の窯」の秘密について 私たち日本人の生活に欠かせない焼き物。 毎日使う食器や、インテリアを彩る装飾品としても、焼き物を好んで使う日本人はとても多いと言われています。 それほど、私たち日本人は陶磁器と呼ばれる「焼き物」に対して愛着を持っているのです。 それは一体なぜなのでしょうか? 世界最古の焼き物であろうと言われている縄文式土器に始まり、私たち日本人は中国や朝鮮半島の窯元さんの技術も取り入れて焼き物文化を発展させてきました。最も有名な有田焼はその拠点として、九州(有田)から広まったというわけです。ちなみに有田焼は佐賀の港「伊万里港」から作品を阿蘭陀圏や英語圏の国へ輸出していたことから伊万里焼とも呼ばれてきました。 日本三大陶磁器と称される「美濃焼・瀬戸焼・有田焼」を始めとした様々な魅力的な焼き物が、日本全国各地にはあります。もちろん、その種類も多様です。 その作り方は海外の窯元から伝わった!?多種類の焼き物製作に必要な素焼きの技術! 上記でご紹介した多種類の焼き物を日本の文化と呼べるまでにしたのが、飛鳥時代に伝わった「窯焼き」の技術です。 それまでは焼き物を焼成するのに700〜800度といった低温でしか焼くことができなかったのですが、窯焼きの技術により1000度以上の高温で焼き物を焼成することができるようになったのです。 これにより多種類のおしゃれな芸術品製作の可能性が広がりました。特に有名なものは「窯変技法」です。「窯変」の読み方ですが「かまへん」ではなく「ようへん」と読みます。 窯変技法とは、素焼きした作品に釉薬を塗り、高温で焼成することにより作品に色調を出したり強度を高めたりする製法のことです。 素焼きの技術は、この窯変技法を生み出し、日本の陶磁器の歴史を大きく変えたのです。 自作用の窯はある?おしゃれな焼き物を作るための「窯」の秘密! そんな、日本の焼き物文化に貢献した「窯」とは、一体どのようなものなのでしょうか?「窯」とは焼き物を高温で焼成したり溶かしたりするための設備のことであり、ご飯を炊くために使う「釜」とは違います。 陶磁器のような焼き物を作る「窯」は、大きく二つに分けられています。大きな一つの空洞の中で焼成する不連続窯と、長い構造をしていて熱を循環させる連続窯です。 古くから焼き物を生産している窯元では連続窯やその仲間である登り窯などで焼成していますが、最近では電気で焼成する電気炉や電気窯なども使われています。 近年、一般の人々の間でも陶芸がブームになっており、カルチャースクールや自宅に電気窯を準備して陶芸を楽しんでいる人は多くいます。例えば、九州圏内だと発祥地の有田は勿論、近場の福岡でも自作できる陶芸教室はあるみたいなので、国内のみならず英語圏をはじめとして広く海外の方へもおすすめできる観光施設です。 では実際に、こうした陶芸用の窯を購入する価格はいくらくらいなのでしょうか? 自宅にも置ける大きさの電気窯でしたら、電圧や大きさにもよりますが、だいたい30〜50万円程度で購入することができます。 もし興味があったら、あなたもぜひ焼き物の窯をゲットして陶芸を楽しんでみてくださいね。自作で作り方を覚え、様々な種類の「おしゃれな芸術品」を作っていくのも楽しいものですよ。 その焼き物は有田焼?陶器?磁器?「様々な種類の焼き物」を知ろう! 先ずは、ちょっとした興味から調べてみよう!近くにある焼き物は何?? 私たちの毎日の生活に欠かせないものとして、あなたは何を思い浮かべますか? 日常生活の中には様々な道具が欠かせませんが、中でも生活に密着しているものが「焼き物」すなわち陶磁器です。 毎日の料理や食事で使うお茶碗や皿はもちろん、リビングを飾る花瓶や置物は焼き物でできています。また庭の植木鉢も焼き物ですし、実はトイレの便器も陶磁器でできています。 それほど私たちの生活に欠かすことができない焼き物ですが、焼き物と一言で言ってもその種類は一つではないのです。 そこでここでは、私たちが言う「焼き物」にはどんな種類のものがあるのかについてお伝えしていきます。 材料や製造方法が異なる??大きく分かれる「焼き物の種類」!! 焼き物には、大きく分けて「土器・陶器・磁器」の三種類があります。 この三種類の違いの一つは「焼成の温度」です。 土器は大変歴史が古く、縄文時代に作られていた縄文土器は世界最古の焼き物であろうと言われており、現在の焼き物の元となっていると考えられています。 この土器を1000度以上の高温で焼成させたものが「須恵器」と呼ばれる焼き物です。須恵器は5世紀半ばに朝鮮半島から伝わったと言われており、10〜12世紀まではこの製法で焼き物が作られていたようです。 その後に朝鮮半島より窯焼きの技術が伝来したことで、土器よりも高い1200度ほどの温度で焼成することができるようになりました。 そうして生まれたのが陶器です。陶器は土器よりも硬く焼き締められた焼き物で、ここから釉薬や絵付けの技術により有田焼などの焼き物が生まれるのです。 その有田焼で初めて焼かれた焼き物とされるのが磁器です。磁器は陶器とは原料が異なる焼き物で、陶石や長石などを使用した焼き物で白い生地が特徴です。陶器よりも高い1300度以上の温度で焼成するのでとても強度があり薄手で、日常使いの食器として好まれています。また有田焼に関しては、デザインの可能性が広がり、青一色で模様柄を描く青磁や、赤や緑といった色付けが可能となりました。 このように、焼き物とひとくくりにして言ってもこれだけの種類があるのです。 あなたもぜひ、こうしたことを参考にして焼き物の産地へ足を運んでみてはいかがでしょうか。 陶器と磁器、具体的な違いは何??材料以外の見分け方や使用用途の違いについて!! 以上を踏まえて、焼物は陶器と磁器のどちらが好きですか? フィーリング的にはどちらが好き、というのはあるでしょうが、日常生活ではかなり、どちらも使っていますよね。 ご飯茶碗も磁器のものもいいけど、陶器のものも捨てがたい。 先ほど述べたように、陶器と磁器の一番大きな違いとは、原材料の違いと言えます。よく、陶器は土もの、磁器は石ものと言ったりするように、陶器は自然界で採れる粘土などが用いられ、磁器は陶石と呼ばれる石の粉が使われます。陶石はガラスの材料で使われる長石、けい石が多く含まれていて、それに粘り気を出すため粘土も加えています。 食器などで一見して陶器か磁器か見分けられないときは、軽く指で弾いてみると、音で分かります。粘土を原料とする陶器は叩くと鈍い音がして、ガラスの材料となる石の粉で作る時期は叩くと高い澄んだ音がします。 また、磁器は陶器に比べて薄く作ることができ、反対側から光を当てると透けて見えるのも特徴です。焼物の見た感じや手触りは原料の違いからくるのでしょう。例えば磁器は、緊張感のある硬質な雰囲気が漂っていて高級感を感じますが、その一方で陶器より硬く焼き締まりますから、破損しにくいという特性があり、日常の食器にも多く使われているのです。 土ものの陶器は粘土からロクロや手びねりで成形するので、人間の手の温もりが感じられるのが特徴です。日本酒が好きな方なら、土もののグイノミや猪口の風合いと唇の触感が堪らないという声も多いでしょう。 磁器は硬いといいましたが落とすと割れますし、陶器はもっともろいものですが、焼物の魅力とは壊れてしまうものの儚さにこそあるのかもしれません。 株式会社香蘭社(こうらんしゃ、KORANSHA Co., Ltd.)は、佐賀県西松浦郡有田町に本社・工場を置くセラミックスメーカーである。主な製品は高級陶磁器やがいしなど。有田町の他、岐阜県多治見市にも工場がある。 有田焼の香蘭社は、創業325年。世界各国で数多くの名誉金牌を受賞した有田焼の美術工芸品、食器はもちろん、骨壷や万華鏡など多彩な商品の製造販売をしています。陶器の技術を活かし、碍子、セラミックの工業製品もご提供します。 香蘭社は、明治期に深川栄左衛門によっていち早く有田焼の新たな用途開発と輸出に乗り出し、業界を牽引してきた創業130年の窯元です。 明治期に建てられた有田本店は、1階がショールーム、2階が古陶磁陳列館となっており、古陶磁から現代のものまで香蘭社の歴史ある作品をご覧いただけます。 伝統工芸品から家庭用食器まで豊富な品が取り揃えられた1階ショールームでは、明治期の繊細な描写とクラシカルな風合いを現代の技法で再現させたシリーズや、古陶磁などの復刻版も揃います。
有田焼のあんなことやこんなこと

えっ、有田焼でできた万華鏡!?異世界に魅せられる最高の美しさ!!

日本を代表する伝統工芸品「有田焼」ですが、いまや「有田焼」でできた「万華鏡」といった芸術品も多くの方から評価されています!!本記事では「外側の模様の美しさ」と「ガラス窓を通じた内部の美しさ」を存分に感じられる「おすすめの(有田焼)万華鏡商品」と「おすすめのお店と通販サイト」をご紹介しちゃいます!! 筒状の玩具の内部にあるガラス窓を通じて「幻想的な世界」の覗き込む日本の伝統工芸品「万華鏡」ですが、「有田焼で作られた万華鏡」がいま話題になっているのをみなさんご存知でしたか?? なので今回は、結婚祝いや新築祝い等「お祝い事のギフト」として送られることの多い「有田焼でできた万華鏡」の中でも「特におすすめできる芸術品(商品)4点」と「おすすめ有田焼万華鏡が買えるお店と通販ショップ」について記事の中で簡単にご紹介しちゃいます!! 「鮮やかな豪華さ」を!ガラス越しに「幻想的な輝きの世界」を魅せる「万華鏡で作られた高級有田焼」 有田焼で作られた万華鏡は「表面(白磁)の色絵付けの美しさ」と「ガラス窓を通した内部の美しさ」という「二重の美しさ(感動)」に触れることができる芸術品に仕上がっています!! ここでは、同じ「有田焼 万華鏡」の中でも様々な絵付けやガラス内部の世界に触れられる「特におすすめの(有田焼)万華鏡商品4点」をご紹介しますね!! 【有田焼万華鏡】古伊万里菊牡丹絵 有田焼の名門「源右衛門(古伊万里様式)」のデザインで華やかな絵柄を施した高級かつ人気な万華鏡!内側の世界も絶景です!! 六角柱のシャープな白磁を背景に、鮮やかな菊や牡丹が花開いています。 伝統の古伊万里紋を継承しつつも、異国情緒溢れるデザインは、斬新な仕上がりとなっています。艶やかでなめらかな有田焼の磁器肌は、手にとっていただくと優しく馴染みます。 先端のガラス管のオイルの中には、色鮮やかなビーズの花、ガラス細工などのオブジェクトが揺らめいています。手作りのオブジェクトは、筒の意匠と合わせたものとなっています。外も中も美しい有田焼万華鏡は、ご自身への、大切な人への贈り物としておすすめいたします。 【有田焼万華鏡】染錦七宝紋 古伊と古伊万里様式の名門「源右衛門窯」作の見惚れる「フォルムと光の世界」の高級有田焼ギフト!!お祝い事で喜ばれる芸術品です!! 染付の藍で縁どられた七宝紋が、赤、黄、緑に煌めいています。 洗練された意匠は、日本人の美の心を表しています。 先端の球型のガラスのオイルの中には、赤、黄、緑のビーズやガラス細工のオブジェクトが揺らめいています。手作りのオブジェクトは、筒の意匠と合わせたものとなっています。 艶やかでなめらかな有田焼の磁器肌は、手にとっていただくと優しく馴染みます。 各種ギフトにも有田焼万華鏡は好評をいただいております。 【有田焼万華鏡】吉野桜 名門「香蘭社」が生み出した「美しい桜絵付け」の万華鏡!!海外向けギフトとしても喜ばれる「上品な高級感」が伝わる芸術品です!! 上品でほのかな桜色がふうわり広がり、白い桜の花びらが優美に浮かんでいます。 艶やかでなめらかな有田焼の磁器肌は、手にとっていただくと優しく馴染みます。 桜は、古来から人々に愛でられてきました。現在も、開花状況が報道されるなど、日本人にとって、他の植物とは一線を画す特別な花といえるでしょう。日本人の美の心がつまった有田焼万華鏡は、とくに人気の商品となっております。癒しのひとときに、贈り物に、おすすめいたします。 【有田焼万華鏡】染錦桜花図ペンダント いつでもどこでも持ち運べる「高級(有田焼)万華鏡」!ガラスの内側で魅せられる「豪勢な花畑の世界」も絶景!!女性への贈り物にも最適です!! 胸元を可憐に演出してくれる、ペンダントタイプの有田焼万華鏡です。 白磁の背景に、鮮やかな桜の花が咲いています。艶やかな意匠、シックなシルバー、きらめく水晶が優美な逸品です。テレイドタイプは、覗いた景色を万華鏡模様に映し出してくれます。 いつでもどこでも、綺麗な世界を堪能していただけます。日本人にとって特別な花である桜の意匠の万華鏡は、とくに人気をいただいております。海外の方へのお土産や贈り物にもおすすめいたします。 高級有田焼でできた万華鏡を探してみよう!通販で買うなら「JTOPIA」! 「天皇陛下やオランダ国王の献上品」をはじめとした「多くの要人向けギフト」にも多くの商品が選ばれてきました!!通販限定商品の品揃えでも実績No.1の「高級ギフト有田焼」が買えるショップです!! 「有田焼 万華鏡」が買える「おすすめの通販ショップ(JTOPIA)」の情報をご覧になりましたでしょうか?? 「香蘭社」さんに関してですが、もちろん「おすすめできる超名店(小売店)」ではありますが「店舗が東京・福岡・佐賀(有田)」にしか無いことを考えると「JTOPIA」さんのサイトから「限定(有田焼)万華鏡」や「香蘭社さん作の商品」を通販サイト上で探して見るのも良いかもしれませんね!! 数多くある有田焼商品の中でも「有田焼 万華鏡」は「ユニークさ・古風な美しさ・モダンなカッコよさ」を備えており、今後も更に幅広い層で喜ばれる人気商品になる可能性は十分にあります!! ぜひ、国内外のご友人や大切な方へのお祝い品やギフトとして「日本が誇る有田焼」でできた「クールな万華鏡」のご購入をぜひ検討されてみてください!! 有田焼の高級焼き物ギフトはJTOPIA(ジェイトピア)。一流の作家・窯元の作品のみを厳選。国内最大級の専門通販サイトです。熨斗・包装も全品無料プレゼント対応。至極の高級贈答品をご高覧下さい。 有田焼なんか今まで1度も購入したことないですし、まさか僕が購入するとも思っていませんでした。いろいろなサイトが出てきましたが、何だかパッとしない印象。有田焼自体がやっぱり古めかしいイメージがありますので、「こんなもんかな?」って感じ。しかし、僕は見つけてしまいました。スゴくおしゃれで他とは全く違った異彩を放つ素敵なサイトを。それが今回、僕が注文した「JTOPIA」さん。サイトの作りが完璧で、一目見て惚れ込んでしまいましたよ。
有田焼のあんなことやこんなこと

2018年から鹿児島の年!南九州の芸術「薩摩焼」の特徴と美山とは!?

NHKドラマ『西郷どん』が今年は放送されています^^!視聴率は始まったばかり(?)で未だ未だどうとも言えませんが^^; 今後の『西郷どん』は西郷隆盛に関するブーム(流行)への火付け役になっていくでしょうか^^!? そして今回のテーマは、その「西郷隆盛を生んだ鹿児島発の伝統的焼き物」になります!! 鹿児島は沖縄島を除き、橋で繋がっている日本列島の最も南に位置する場所!その地理的な特異性も相まって、(鹿児島は)日本を代表するものを含む「多くの県指定・(経済産業大臣による)国家指定の伝統工芸品(合わせると33品目以上)」を生み出してきました!! 国家によりしてされている伝統工芸品は3品目「(今回ご紹介する陶磁器ブランド)薩摩焼・本場大島紬(ほんばおおしまつむぎ:1300年以上の歴史を持つ絹織物・着物)・川辺仏壇(仏教を深い歴史的つながりを持っている南九州、川辺で作られてきた豪華な仏壇)」です!! また他、鹿児島県により指定されている伝統工芸品は(2018年2月現在で)33品目あります!中でも、ユニークなのが「薩摩切子(幕末期から作られているガラスのカットグラス)・大漁旗(意外にも鹿児島発の伝統工芸品:漁師たちが海(漁)へ出るとき、船上で掲げる旗)」といった感じでしょうか?? 様々な歴史とユニークさを持つ作品が鹿児島から「JAPANを代表する伝統工芸品」として鹿児島から生み出されてきました!今回は中でも、焼き物に関する記事がメインということで「薩摩焼(さつまやき)」と呼ばれる陶磁器についてご紹介させていただきたいと思います^^!! では一体、薩摩焼というのはどんな焼き物か?どんな特徴を持つのか?どんな窯元(作家)さんがいるのか??そして、最後に薩摩焼を購入することができるネットサイト(通販サイト)、また日本の焼き物界を代表するネットサイト2店について簡単にご紹介にふれていきたいなと思っています^^!! 伝統(でんとう)的工芸品とは、昔ながらの伝統(でんとう)的な技術(ぎじゅつ)と材料でつくられる、日常(にちじょう)生活の中で使い続けられてきた工芸品のことをいいます。 鹿児島県には、経済産業(けいざいさんぎょう)大臣の指定を受けた「国指定伝統(でんとう)的工芸品」が、本場大島紬(ほんばおおしまつむぎ)、川辺仏壇(かわなべぶつだん)、薩摩焼(さつまやき)の3つあります。 県指定伝統(でんとう)的工芸品の33品目 鹿児島県では、薩摩切子(さつまきりこ)や竹製品(せいひん)、錫製品(すずせいひん)など33品目の工芸品が県の指定を受け、昔ながらの材料、技術(ぎじゅつ)・技法(ぎほう)で大切につくられています。 薩摩焼(さつまやき) 薩摩焼(さつまやき)は大きく「白薩摩(さつま)」と「黒薩摩(さつま)」に分けられます。 気品がある白薩摩(さつま)は藩主(はんしゅ)の御用(ごよう)窯(かま)から発展(はってん)したもので、象牙色(ぞうげいろ)の表面に貫入(かんにゅう)といわれる細かなヒビが入っているのが特徴(とくちょう)です。黒い光沢(こうたく)を持ち素朴(そぼく)な温もり(ぬくもり)を感じさせる黒薩摩(さつま)は、庶民(しょみん)のための生活の器としてつくられ、暮らし(くらし)に溶け込んで(とけこんで)います。 朝鮮(ちょうせん)に出陣(しゅつじん)した島津(しまづ)家第17代当主の島津義弘(しまづよしひろ)が、陶工(とうこう)を連れて帰ってきたことが始まりだといわれています。 本場大島紬(ほんばおおしまつむぎ) 1,300年の歴史を持ち、絹織物(きぬおりもの)の最高傑作(けっさく)といわれています。 川辺仏壇(かわなべぶつだん) 磨崖仏(まがいぶつ)や、かくれ念仏(ねんぶつ)など、昔から仏教(ぶっきょう)と密接(みっせつ)な関係があった南九州市の川辺(かわなべ)町。この地で作られる川辺仏壇(かわなべぶつだん)は、豪華(ごうか)さと堅牢(けんろう)さを併せ持つ(あわせもつ)仏壇(ぶつだん)として人気があります。 薩摩焼はどんな焼き物?特徴?白もん・黒もん?どんなブランドか?有名な窯元(作家)さんは? 「薩摩焼」と呼ばれるブランドが登場したのは、慶長の役(1597年に起こった朝鮮との戦争)において、豊臣秀吉の命により戦に参加した島津義弘(島津家17代目の藩士)が現地から日本へ連れて帰ってきた朝鮮陶工(焼き物の職人さん)80人が今の鹿児島で焼き物を作っていったのが薩摩焼の発祥のきっかけとなったそうです!! その後、薩摩焼は鹿児島県のいたるところで独自にその産業を発展させ、1867年には「JAPANを代表する焼き物」としてフランスのパリ万国博覧会に出展されるまでになりました!今や有田焼(伊万里焼)・瀬戸焼・美濃焼・九谷焼・備前焼などと比較される焼き物ブランドの一角として存在感を示すようになりました!! では、ここでその「薩摩焼」と呼ばれる焼き物とは何なのか??その特徴について、白もん・黒もん、有名な窯元(作家)から(毎年)薩摩焼のイベントが催される(鹿児島県日置市の)美山にも少し触れながらご紹介していきたいと思ってます^^!! 薩摩焼の歴史は400年以上の伝統があります。 1592~98年 豊臣秀吉の命により島津義弘(島津氏17代)慶長の役(1592~98)に参加。1598年朝鮮陶工80数名を連れ帰る。この朝鮮陶工が薩摩焼の発祥の祖となる。 1867年(慶応3年) 薩摩焼(日本を代表して)としてパリ万国博覧会に初出展され、欧米で流行したジャポニズム(日本趣味)に影響を与える。 薩摩焼の歴史は、文禄・慶長の役(1529~1598)、別名「やきもの戦争」で朝鮮出兵した薩摩藩17代藩主島津義弘が80人以上の朝鮮人陶工を連れ帰ったことに始まります。  串木野、市来に上陸した陶工・朴平意(ぼくへいい)や金海(きんかい)らは藩内各地に窯を開きました。各窯場では立地条件や陶工のスタイルによって異なる種類のやきものが焼かれ、それぞれ多様な展開をすることとなります。 薩摩焼(さつまやき)は、鹿児島県内で焼かれる陶磁器で、竪野系、龍門司系、苗代川系がある。主な窯場は姶良市の龍門司窯、日置市(旧東市来町)の苗代川窯、鹿児島市の長太郎窯など。「白もん」と呼ばれる豪華絢爛な色絵錦手の磁器と「黒もん」と呼ばれる大衆向けの雑器に分かれる。初期の薩摩焼においては豊臣秀吉の文禄・慶長の役の際に同行してきた朝鮮人が島津義弘の保護の下に発展させた。2002年(平成14年)1月に国の伝統的工芸品に指定された。 特徴:白もん(白薩摩)・黒もん(黒薩摩)を始めとする鹿児島で生み出されてきた薩摩焼ブランドについて! 400年をもつ薩摩焼ですが、代表的な作品として「白もん」と「黒もん」が挙げられます!しかしながら、薩摩焼はこの2種類にとどまりません!伝統に基づいて分類される系統としては6種類、堅野系、龍門司系、苗代川系、西餅田系、平佐系、種子島系が挙げられるようです!また、製品的な分類を行うと3種類、白薩摩(白もん)、黒薩摩(黒もん)、磁器に分けることができるようです(ただ今回の記事でもそうであるように、最初はメジャーなブランドとして白薩摩と黒薩摩のみを押さえておくべき(?)でしょう)!! 「白もん」というのは「白薩摩」とも呼ばれ、その名の通り「白色の焼き物(陶器:土を材料として作った焼き物)」です!これに対して「黒もん」というのは「黒薩摩」とも呼ばれる「黒色の焼き物(陶器)」になります!厳密には薩摩焼にも磁器(石を材料として作った焼き物)ブランドが多く存在しているようです(模様は金襴手など)!! 今回は、その薩摩焼の長い歴史の中でも「最も古く人気芸術品として受け入れられてきた白もん・黒もん」の焼き物ブランドに限定してご紹介していきたいと思います^^!! さつまやき [0] 【薩摩焼】 薩摩で産する陶磁器の総称。文禄の役の際,島津義弘が朝鮮から伴った陶工に焼かせたのに始まる。初期は,白釉(はくゆう)・黒釉を施した朝鮮風のものや,宋胡録写(すんころくうつし)を特色としたが,のち錦手(にしきで)や金襴手が盛んとなり,現在では一般にこれを薩摩焼と呼んでいる。 そもそも、薩摩焼とは? 文字通り、鹿児島県内で焼かれる陶磁器のことです。「白もん」と呼ばれる白地に多彩で華やかな色絵が描かれた白薩摩と 「黒もん」と呼ばれる大衆向けの食器類の黒薩摩と 二種類があります。 薩摩焼の特徴は、やきものの種類の多様さにあります。伝統に基づく系統としては、堅野系、龍門司系、苗代川系、西餅田系、平佐系、種子島系の6つがあります。また、製品から分類すると、白薩摩、黒薩摩、磁器の3つに大きく分けることができます。 白薩摩は、淡い黄色の地に無色の釉薬が掛かった陶器で、表面を貫入という細かいヒビが覆っています。これに、染付や色絵、金彩をなどで装飾を施しています。 黒薩摩は、黒釉、褐釉、飴釉など各種の色釉をかけて仕上げた陶器で、鉄分の多い陶土を使用しているため器胎は茶褐色をしています。 薩摩焼の【白もん(白薩摩)】:花瓶で見てみる!伝統的に高価な芸術品として愛されてきたブランドと窯元 白薩摩は「白もん」と呼ばれ、白陶土で丹精に成形し透明釉を掛けたもので、表面の細かい貫入(細かいひび)が特徴の一つです。  現在の日置市で白陶土が発見されるまでは、朝鮮半島から陶工が持参した白陶土を使用し製作していました。それらは、火以外の材料や陶工技術が朝鮮のものであることから「火計手(ひばかりで)」と呼ばれていました。貴重な朝鮮の白陶土のみが頼りだった白薩摩にとって白陶土の発見は非常に重要な出来事となりました。 白薩摩は藩窯の竪野系と苗代川系で焼かれ、藩や島津家だけが使用し、一般の人の目には触れることがありませんでした。藩は文化振興策の一環として京都に職人を派遣し色絵技法や金襴手を学ばせるなど技術の習得に努め、慶応3年(1867)には、島津藩単独でパリ万博に出品。白薩摩はヨーロッパの人々を魅了し「SATUMA」の名で広く知れ渡りました。 「白もん」と呼ばれ、かつて藩主御用品として一般の人の目に触れることのなかった白薩摩。象牙色の肌に細かい貫入(ひび)が入り、繊細華麗な錦手や金襴手の上絵、精巧な透彫りがほどこされた逸品の数々が目を奪います。 薩摩焼の【黒もん(黒薩摩)】:黒ぢょかで見てみよう!急須や湯呑などに多い薩摩のデザイン伝統工芸品 黒薩摩は「黒もん」と呼ばれ、白もんとは対照的に庶民の器として愛されてきました。桜島を擁する鹿児島は、火山地帯特有のシラス土壌で鉄分を多く含んでいるため、地元の土を使うと真っ黒い焼き物が出来上がります。鉄分が多い土を高温で焼き締めるため、素朴で頑丈な仕上がりが特徴。まさに普段使いにはうってつけの陶器となるわけです。黒釉、褐釉、蕎麦釉などを掛け、3系統の窯場で茶陶から日用品まで幅広く作られました。代表的なのは焼酎の燗をする土瓶型の「黒茶家(くろじょか)」や、徳利の一種である「カラカラ」です。本来、薩摩焼はこの黒もんが主流で苗代川系の陶工たちが完成させたといわれています。 代表的なのは焼酎の燗をする土瓶型の「黒茶家(くろじょか)」や、徳利の一種である「カラカラ」です。本来、薩摩焼はこの黒もんが主流で苗代川系の陶工たちが完成させたといわれています。 「黒もん」といわれる黒薩摩は庶民の為の生活の器として愛されてきました。漆黒の光沢を持ち、素朴で剛健な温もりを感じさせる焼き物です。 「薩摩焼」を作ってこられた窯元(作家)たち!鹿児島県日置市の名門「沈壽官窯(ちんじゅかんがま)」さん 薩摩焼の製作者はどんな方なのでしょうか??もちろん歴史も深く知名度も大きい薩摩焼なので、それ(薩摩焼)を専門とされている多くの窯元(作家)さんが国内にはいらっしゃいます!現在では鹿児島県の日置市において多くの窯元さんが日々、ご活躍されています(その数は何十と!よろしければ以下の「鹿児島県薩摩焼協同組合人(リンク)」もご参照ください^^)!! しかし、全ての薩摩焼作家さんをご紹介するのは、ちょっとだけ分量的に多くなると思うのでここでは「薩摩焼」で歴史ある「沈壽官窯(ちんじゅかんがま)」さんのみをご紹介させていただきたいと思います^^!! 沈壽官窯(ちんじゅかんがま) 時代を映し出す薩摩焼 引き継がれる陶工たちの手仕事 薩摩焼と言えば、”沈壽官窯”といわれるほどその名が知られるここは、美山の地で15代続く鹿児島でもっとも有名な窯元だ。代々の陶工が手がけたみごとな薩摩焼の数々は収蔵庫で鑑賞することが出来る。また、作品展示場には可愛らしい箸置きや器など気軽に使えるものもあるのでぜひ手に取ってみたい。 沈壽官窯 〒899-2431 鹿児島県日置市東市来町美山1715 tel 099-274-2358(代表)099-274-0305(売場) 営業時間 9:00~17:00 [休] 第1・第3月曜日 駐車場10台以上 美山(みやま):薩摩焼が生まれた場所!薩摩焼の職人が集う町!そして年に一回、窯元祭りが行われる鹿児島 鹿児島市街から北西に約20キロ。鹿児島市街の面する錦江湾よりも薩摩半島西岸の吹上浜に近い山間に、鹿児島県で最大の薩摩焼の産地があります。それが美山です。 慶長3(1598)年、薩摩を代表する戦国武将として知られる島津義弘が朝鮮での戦が終わり引き上げる際、朝鮮の陶工たちも連れて帰りました。その陶工が移り住むことになった里の一つが美山でした。開窯以来、窯の火を絶やさず現在も薩摩焼の里として知られます。 美山窯元祭り 毎年11月初旬に開催される「美山窯元まつり」。晩秋の美山は陶芸ファンであふれます。薩摩焼体験広場では、陶工の手ほどきで初心者や子どもでも気軽にろくろ・手ひねり・絵付け体験ができます。その他、窯元当てコンテストや薩摩焼チャリティーオークションなど、盛りだくさんの内容で深まる秋を楽しめます。 陶芸体験もできる美山陶遊館 日置市(旧東市来町)美山にある美山陶遊館には薩摩焼の陶芸体験や陶芸教室が楽しめます。先生の指導を受けながらろくろ・手ひねりが体験できます。 インターネットのホームページから体験予約もできます。幼稚園~大人の方まで多くの方が体験をしていらっしゃいました。 通販サイト:「薩摩焼」と「JAPANの焼き物」きっと見つかる!おすすめの湯呑、花瓶 これまで「薩摩焼」とはどんな焼き物なのか??について詳しく学ぶために「薩摩焼の(簡単な)歴史や特徴」「窯元:沈壽官窯(ちんじゅかんがま)」「美山(最も主要な薩摩焼の産地)」についての情報を本記事の中でお伝えしてきました^^!! 「薩摩焼」に関しても、他の焼き物ブランドとは異なる分かりやすい特徴を捉えることができるでしょう!!重要なのが、献上品として大衆の目に触れなかった高級品「白もん(白薩摩)」と逆に一般大衆の中で愛され育まれてきた文化「黒もん(黒薩摩)」の歴史的な特徴の違いです(これに加えて磁器もあります)!!これら2種類の薩摩焼ブランドの技術が応用できる現代においては、必ずしも古風チックな焼き物作品のみが販売されるわけではなく、様々なバリエーション作品による「(薩摩焼ならではの)ユニークな焼き物」もまた販売サイトから見つけることもたやすいでしょう^^!!興味ある方もいらっしゃるのではないでしょうか?? 今やまさにインターネット(通販)を通じてでも高級焼き物や様々な芸術品、ギフト(プレゼント)が探せる時代です!なので、本記事において最後は「お気に入りの薩摩焼」がインターネットでも購入できる通販サイト、また日本を代表する様々な焼き物ブランド(陶器と磁器)をご自宅で気軽に探すことができるネットショップをリンクとともに簡単にご紹介していきたいと思ってます!! 「デパート(小売店)以外で高級ギフトや日常生活品を選び、購入することができるオススメの通販サイト」大切な方へのプレゼントや海外へのお土産品等をお探しの方は是非ご参考にされてくだい^^!! 「かごしまから全国へお届け!鹿児島オンライン通販!い~かごしま」 「薩摩焼(陶器)」だけじゃない!様々な鹿児島発・伝統工芸品ブランドを集めた優良通販サイト!優良店舗で購入できる品質の良さ!薩摩焼に薩摩切子。 「鹿児島オンライン通販!い~かごしま」さんは、今回ご紹介いたしました「薩摩焼」と様々な鹿児島発の伝統工芸品ブランドが一通り揃っている面白い通販サイトです!「薩摩焼のみに特化した通販サイト」ではありません!鹿児島の焼酎もありますし、鹿児島発の伝統工芸品、薩摩切子も揃っています!!ちなみに薩摩焼オンリーに関してでしたら、薩摩焼専門の窯元(作家)さんのページから購入するか、デパートや現地販売等でチェックされるのもいいかもしれません^^!! 「鹿児島オンライン通販!い~かごしま」さんは薩摩焼ブランドを含む、多くの鹿児島ブランド商品を取り揃えておられます!鹿児島の文化を感じるきっかけとして、カジュアルな雑貨から、日常生活等で使える調理器具、おしゃれなカットグラス(薩摩切子)、そして料理用の調味料!焼き物にのみ特化しているわけではありませんがギフトやプレゼント用のグッズを探しておられる方にはきっと役に立つ通販ショップだと思います^^!!ちなみに薩摩焼コーナーでは、記事内でご紹介しました「黒ぢょか」が販売されています!まさに黒もん(黒薩摩)ならではのシックで上品な光沢が美しいデザインですね^^!! かごしまの逸品を全国へお届け! いらっしゃいませ!鹿児島の伝統工芸品を全国に販売しております。是非、鹿児島の伝統に触れてみてください。 「陶器堂 陶器専門店」:日本の焼き物なら幅広く揃う!湯呑も大皿も花瓶も徳利も! メインは美濃焼や瀬戸焼といった陶器ブランド!有田焼や(陶器もある)九谷焼といった磁器ブランドも揃ってます!! 「陶器堂 陶器専門店」さんは、愛知県に会社をもっておられる通販サイトです!その焼き物の種類はかなり豊富です!愛知県ということで瀬戸焼・美濃焼といった陶器がメイン商品となってはいますが、中には磁器の有田焼(伊万里焼)や九谷焼など取り揃ってます!!その商品のラインナップもどちらかと言えば、高級ギフト(プレゼント)というよりは、一般の生活用品として使える食器や湯呑・急須といったご自宅で使えるお品の方が多いといった感じです!! 土もの(陶器)ならではの「温かみのある芸術的な焼き物作品」をお求めの方にとっては、是非おすすめできる通販サイトの一つになれると思います!あまり高価過ぎない縁起物やギフト(プレゼント)をお探しの方にも是非!!「陶器堂 陶器専門店」さんのサイトへのリンクも以下に貼っておきます!必要の際はご参考にされて下さい^^!! 女性へのギフトで箸置きを探していたところ陶器堂さんに辿り着きました。 種類豊富で選ぶのが楽しかったです。プレゼントしたらとても喜んでもらえました! 並べてみるとまたかわいらしいです。 お店以外で箸置きを使ったり買うことが今までなかったのですが会社のデスクでちょっとした食事する際にも使えそうですし次は自分用にも購入したいと思いました。 とても しっかりした梱包で届きました。 商品は ろうそくに火をつけると 丸い穴から光が漏れてとても素敵で和みます。 火をつけてしばらくするとじわじわとお茶のいい香りが部屋中に広がり【6畳のお部屋】を 心地よい空間にしてくれます。とても気に入りました。この商品に出会えてよかったです。 また、他の商品も機会があれば購入したいと思います。本当にこの度はありがとうございました。 「JTOPIA(ジェイトピア)」:日本を代表する陶磁器 有田焼・伊万里焼の専門サイト 当店運営の「有田焼(伊万里焼)」の高級ギフト専門通販サイトです!白もん(白薩摩)や黒もん(黒薩摩)による陶器ではなく、磁器に興味ある方に!また著名陶芸家による高級ギフトをお探しの方に! 「JTOPIA」は、同サイト限定で、決して小売り店舗(デパート)では販売されてない高級ギフトとしての「有田焼(伊万里焼)」ギフトを最も多く取り揃えておらネット(通販)ショップになります!様々な高級ギフトを販売しておりますが、中でも気を引くのは、天皇皇后両陛下・オランダ国王陛下・ルクセンブルク首相など国内外問わず献上品として「JTOPIA」の有田焼の中からギフトが選ばれている点です。磁器に関してですと有田焼と伊万里焼の専門サイトから幅広くギフト商品が選ばれている現状がございますが、その中でも他では手に入らない高級芸術品に特化していることがあげられます。 メディア掲載も多く!Yahooや雑誌にも数多くの商品(作品)が載せられ、最近まで放送されていた(アイドルグループ・嵐の)櫻井翔さんが出演されていたドラマ「先に生まれただけの僕」という番組にも芸術作品の湯呑やコーヒーカップ等を提供した実績がございます!取り扱い品目には陶器はなく、磁器の有田焼(伊万里焼)に限った通販サイトですが、高級感のみでなく多様かつユニークな模様による「あらゆるジャンルの焼き物(磁器):コーヒーカップ・万華鏡・陶額などをご覧いただくことが可能です。 世界でこれまで幅広い層に愛されてきた「Made in Japanの高級芸術品(ギフト)」としての実績!日本人であること外国の方であることに関わらず、多くの方々に喜ばれる高級ギフトが発見できそうな通販サイトだと思います!海外の方向けの「JAPANらしいプレゼント(お土産品)」やお祝い事に向けた「高級ギフト(長寿のお祝い・ご結婚祝い・新築お祝い・会社関係のお祝い)の有田焼作品」をお探しの方にとって正にピッタリの通販サイトだと思います^^!! 嵐の櫻井翔さん主演、蒼井優さん・多部未華子さん出演の社会派エンターテインメントドラマ「先に生まれただけの僕」で、当店の作品(夫婦湯呑 銀河、コーヒーカップ 青き明星、ぐい呑み8色セット)等作中に多数登場いたします。インテリアとしても、実際の使用としてもドラマに出演しております。 当店の飾り大皿【献上手古伊万里焼】染錦本金花籠青海波図と瓢型酒器セット 瑠璃水滴が、本邦の外務省より、来日されたオランダ国王陛下への献上記念品へと選ばれました。日本が迎える格別の機の贈答に、当店をお選びいただき誠にありがとうございました。
有田焼のあんなことやこんなこと

花瓶や徳利・コーヒーカップ!東北が誇る名門「相馬焼」の秘密!

今や数多く世界中のファンから愛される「JAPANの伝統工芸品」!その中でも「JAPANの焼き物(陶磁器)」バリエーションの豊富さや(国内・海外における)人気度には目を見張るものがあると思います!!最も有名な焼き物ブランドでは、その歴史が深いという意味で「磁器(石を材料にして作る焼き物)の有田焼」そして「陶器(土を材料にして作る焼き物)の美濃焼・瀬戸焼」といったところでしょう(この3つの焼き物ブランドが日本の三大焼き物と呼ばれる作品になります)!! しかしながら、陶器に関しても、磁器に関しても上の3つ(有田焼・美濃焼・瀬戸焼)にとどまらず、日本の各地域で生産・技術改善・品質改良され、そこから様々なブランドが国内から世界へ輸出されています!! 今回、ご紹介しますのは中でも、東北福島で歴史的に受け継がれる焼き物の名門ブランド「相馬焼」についてご紹介していきます!記事内では、それが名門ブランドとして認知されるようになった歴史的な経緯、相馬焼ならではの美しい特徴と工夫について、最後に(日本の焼き物に興味を抱かれた方のために)相馬焼や日本の焼き物を購入できるおすすめネット(通販)ショップのご紹介という流れでお伝えしてきたいと思います^^!! 江戸時代の元禄年間に、中村藩士の半谷休閑が大堀(浪江町大堀)で陶土を発見し、下男の左馬に命じて日用雑器を焼き始めたのが始まり。浜通り北部は江戸時代の中村藩であり、中村藩は相馬野馬追の伝統を有する為、藩主相馬氏の家紋から繋ぎ駒や走り駒が意匠となっており、縁起物として好まれる。中村城下(相馬市中村)の相馬駒焼は藩主相馬氏への献上品として親しまれたのに対して、この大堀相馬焼は大衆向けの民窯として親しまれた。とりわけ、中村藩は陶磁器を特産物として奨励したため、江戸時代末期には100軒近い窯元が誕生し、中には農作との兼業も見受けられた。大堀焼は戊辰戦争後にすっかり衰えたが、第二次世界大戦後に再興し、1978年には国の伝統的工芸品の指定を受けた。 花瓶や徳利そしてコーヒーカップまで!いったい「相馬焼」ってどんな焼き物なの?? 東北を代表する名門焼き物として、その技法が様々な作品に応用されている相馬焼!! ここでは作品のご紹介の前にいったい「相馬焼」って何なの??といった点について触れていこうと思います^^!! 具体的には「相馬焼がこれまで辿ってきた歴史」と「相馬焼ならではの特徴と美しさ」に関してお伝えしていこうと思います!! 先ず「相馬焼(そうまやき)」という呼び名ですが、意外にも調べると相馬焼ではなく「大堀相馬焼」や「大堀焼」が出てくると思います!実はこれ、違う焼き物を指しているわけではくて、呼び方の違いになります^^「相馬焼」という呼び名は、どうやら旧藩政時代(相馬中村藩時代)に言われていた呼び名らしいです!!現在では、国家の伝統的工芸品指定以降、その焼き物の産地名「大堀」という名をとって「大堀相馬焼(おおほりそうまやき)」と呼ばれるようなったそうです!! では具体的にその「相馬焼(大堀相馬焼)」と呼ばれる焼き物はいつから現在の福島県で生み出されるようになったのでしょう?そして、その焼き物はどんな特徴と美しさを秘めている伝統工芸品なんでしょう?? ここでは、その点について簡単にお伝えしていきたいと思います^^!! 1690年 大堀相馬焼創業 「大堀相馬焼左馬茶碗」発売 福島県双葉郡浪江町大字大堀一円で生産される焼物の総称です。 旧藩政時代には相馬焼と呼んでいましたが、国の伝統的工芸品指定以後は、産地名である「大堀」の名を入れた大堀相馬焼として広く知られています。 相馬焼の歴史とは:今や花瓶やコーヒカップ、美しい「相馬焼」のルーツ 江戸時代の元禄年間に、中村藩士の半谷休閑が大堀(浪江町大堀)で陶土を発見し、下男の左馬に命じて日用雑器を焼き始めたのが始まり。浜通り北部は江戸時代の中村藩であり、中村藩は相馬野馬追の伝統を有する為、藩主相馬氏の家紋から繋ぎ駒や走り駒が意匠となっており、縁起物として好まれる。 中村城下(相馬市中村)の相馬駒焼は藩主相馬氏への献上品として親しまれたのに対して、この大堀相馬焼は大衆向けの民窯として親しまれた。とりわけ、中村藩は陶磁器を特産物として奨励したため、江戸時代末期には100軒近い窯元が誕生し、中には農作との兼業も見受けられた。 大堀焼は戊辰戦争後にすっかり衰えたが、第二次世界大戦後に再興し、1978年には国の伝統的工芸品の指定を受けた。 大堀相馬焼は江戸時代初期(1690年)に作り始められたと言われています。当時その地方を治めていた相馬藩が、焼き物作りを保護、育成したため、江戸時代末期には100余りの窯元が並ぶ、東北地方で一番大きな産地になりました。 明治時代になると、他の仕事に変わる生産者が出て来たこと等から少しずつ数が減り、現在では24軒の窯元が焼き物を作り続けています。これらの窯元は300年の伝統を守りながら、21世紀に向けて新しい製品を作り出す努力をしています 明治期から廃藩置県により藩の援助がなくなったことに加え、交通の発達による他産地との競争激化、さらには戦争による大きな打撃と、太平洋戦争の終結時まで大堀相馬焼は冬の時代を迎えました。 しかし戦後、アメリカへの輸出で産地は協力に立ち上がりました。2011年、東日本大震災により窯元全てが強制退去を余儀なくされます。 しかし「デザイン」と「グローバル」を軸にした大堀相馬焼は再び大きく立ち上がろうとしています。 相馬焼の特徴とは:コーヒーカップや湯呑みで見る!陶器ならではの土の温もり 相馬焼の歴史と有名窯元の間で共有されてきた伝統的な背景模様「青ひび」!細かいひび割れアートが特徴 貫入音と共に「青ひび」といわれるひび割れが、器全体に拡がって地模様になっています。 ”うつくしまの音 30景”にも選ばれた美しき音色 貫入音(かんにゅうおん)素材と釉薬との収縮率のちがいから、焼いたときの陶器の表面に繊細な音を伴って細かい亀裂が入ります。 これを貫入と呼びます。大堀相馬焼は、この貫入によって「青ひび」の地模様が刻まれます。 青ひび 鈍色の器面に広がる不定型なひびのことで、鉄分を含んだ釉薬を用い、還元炎焼成後に冷却するために生じる。その後、ひびに墨を塗り込むために黒く見える。 徳利に「(旧相馬家の)御神馬」別名「左馬」が繊細に描かれています!まさに「馬」の模様の伝統的焼き物 旧相馬藩の「御神馬」が描かれており、別名「左馬」それは「右に出るものがない」という意味から縁起が良いとして地域では親しまれてきました。 狩野派の筆法といわれる「走り駒」の絵で、相馬藩の御神馬を熟練された筆使いで手描きされています。 狩野派(かのうは)は、日本絵画史上最大の画派であり、室町時代中期(15世紀)から江戸時代末期(19世紀)まで、約400年にわたって活動し、常に画壇の中心にあった専門画家集団である。室町幕府の御用絵師となった狩野正信を始祖とし、その子孫は、室町幕府崩壊後は織田信長、豊臣秀吉、徳川将軍などに絵師として仕え、その時々の権力者と結び付いて常に画壇の中心を占め、内裏、城郭、大寺院などの障壁画から扇面などの小画面に至るまで、あらゆるジャンルの絵画を手掛ける職業画家集団として、日本美術界に多大な影響を及ぼした。 走り駒 大堀相馬焼の特徴でもある意匠。走り駒とは名の如く、疾駆する馬のこと。 内部が二重構造になっている焼き物ブランドです!熱くても湯呑みが持て、冷めにくいメリットがある作りです 「二重焼」という構造です。入れたお湯が冷めにくく、また熱い湯を入れても持つことが出来ます。 この技法は大堀相馬焼にしかない、珍しい技法です。 元々、大堀相馬焼は生活に溶けこんだ陶器であり、使いやすいように創意工夫を重ね、このような技法になりました。 二重焼 大堀相馬焼の湯呑みは冷めにくいといわれるが、その原理に相当する技術。轆轤による成形の段階で、外側と内側を作っておき、焼成前に被せることで行われる。この技術を用いた焼き物は大堀相馬焼以外ではまず見られない。 おすすめの通販(ネット)ショップ デパートでもオークションでもない!湯呑み・コーヒーカップ・徳利・花瓶!ご自身にあった(有名窯元作の)芸術品をネット通販で発見しよう!! これまで「(大堀)相馬焼」とは何か??を知るために「相馬焼の歴史や特徴」についてお伝えしてきました^^!! 「相馬焼」に関しては、あらゆる点ではっきりと他の焼き物ブランドとは異なる特徴を捉えることができると思います!!この相馬焼の技術に関して、必ずしもオーソドックスな湯呑み作品等のみならず、様々なバリエーションの作品に触れて、より「JAPANの焼き物」にご興味をもたれる方もいらっしゃるのではないかと思います^^!! なので、ここでは「相馬焼」がインターネットで購入できるサイト、それに加えて日本を代表する焼き物(三大焼き物:陶器と磁器)をご自身で気軽に探すことができる通販ショップをそれぞれ簡単にご紹介しておきたいと思います!! 「デパート以外でギフトを見つけて購入することができる通販サイト」大切な方へのギフトやお土産等をお探しの方は是非ともご参考ください^^!! 【相馬焼】松永陶器店 サイトの中で詳しく「相馬焼」の3つの特徴と良さについて解説!時代に数少ない「相馬焼」を良質の状態で手に入れることができるネットサイト!! 明治時代(特に戊辰戦争以後)、東北で数多く存在していた相馬焼の窯元もどんどん数少なくなったと言います。しかし、日本の伝統工芸品ブームにのり、相馬焼の製造における高度な技術とユニークなデザインにより、国内外問わず、更に相馬焼の需要を押し上げています!! 「松永陶器店(MATSUNAGA)」さんは、1910年から相馬焼の卸問屋として長い間、活躍されてきた老舗の(相馬焼)専門店でいらっしゃるようです!昔からの相馬焼を販売しておられる専門店として、今やインターネットを通じた通販ショップとして、高品質かつユニークな「自分にあったピッタリの相馬焼ギフト」を探せるサイトだと思います^^!! 福島の縁起物なら大堀相馬焼松永窯。で300年以上続く指定伝統工芸品である福島の大堀相馬焼の窯元、松永陶器店のホームページです。 縁起物であることや二重焼きを説明してあげたら案の定気に入ってくれました普段から仕事の合間にお茶で休憩している両親のため、こちらの湯呑みを贈りました。 私と父は凝り性なのですが、縁起物であることや二重焼きを説明してあげたら案の定気に入ってくれました(笑) 特に二重焼きの構造はいいですね! 熱いものを入れても熱く感じにくく、冷たいものを入れても結露しにくいです。 自分用にも何か購入しようかと検討中です。 また利用する際にはよろしくお願いします。 1910年、松永陶器店は福島県浪江町井出地区にて卸売問屋として創業。戦後より、製造小売も始め1世紀以上にも渡り県内外や海外の方々に愛されてきました。震災後は西郷村にて窯を移し、伝統を守りながら次の100年の文化と歴史を残し続けています。 【陶器:美濃焼・瀬戸焼】あーと青仁 陶器なら数多く揃う名門サイト!日常品として使える焼き物からプレゼント用まで探せる便利な通販ショップ!瀬戸焼・美濃焼の温もりが伝わる芸術品を是非ここで!! 「(通販専門サイト)あーと青仁」さんは、相馬焼のサイトではありませんが、序盤でご紹介しました「日本三大焼き物」のうち二つの陶器(美濃焼と瀬戸焼)を精力的に販売しておられるネットショップになります!! ただ基本的には(現在の愛知県周辺から国内外へ発信されてきた)瀬戸焼をより専門的に取り扱っておられる通販サイトになります!他、黒織部焼、もちろん上質な美濃焼等、優良な陶器作品(芸術品)を多数取り揃えておられるネットサイトです^^!! サイトのコンテンツも見やすくまとめられています!「好きな商品のフォルムや絵柄で探す・好きな模様の釉薬で探す・気に入った作家さんの作品で探す」と自分に合った、様々な商品に関する選択肢が用意されているので、通販サイトでなかなかお買い物されない方にとっても使いやすいサイトに仕上がっています!! 磁器よりも歴史は深く、日本を代表して世界でもファンが多い、土の温かみを存分に感じることのできる陶器!模様で飾りすぎず、わびさび的な上品さ(高級さ)を持ちかつ日常生活の中でも気兼ねなく使えそうな「土でできた伝統工芸品」をお手頃なものから高級ギフトまで探すことのできるサイトとしておすすめです(ただ高級ギフトというよりは日常で使う用の焼き物系が多い印象です)!! 陶器の卸問屋に嫁いで10年・・・。 そんな私が「女性・主婦」の目線で選んだ商品をもっとお気軽にみなさんに使って欲しいという想いから「あーと青仁」が誕生しました! 私たちが普段なにげなく毎日使っている和食器ですが、普段使いのものから、少しだけ贅沢をして、上等な手作りのものを使ってみてはいかかでしょうか? デザインはもちろん、品質、使い心地、手作りの温かみ、すべてにおいて気持ちのいい満足感が得られるはず。 また、お気に入りのものを集めていっても、食卓に統一感がある、それも和食器の魅力の一つ。 一日の始まりをお気に入りのものからスタートできたら、素敵ですよね。 それからもう一つ。 意外と丈夫なので、入園したぐらいのお子様にも大丈夫ですよ。 【磁器:有田焼】JTOPIA 有田焼(伊万里焼)の通販サイト!高級品ギフト多数!天皇皇后両陛下、オランダ国王陛下、マレーシア首相へ献上品を送り出してきた専門通販サイト!! 当店の紹介となります店舗では販売されてない高級(有田焼:伊万里焼)ギフトを多数掲載!お客様は、個人のお客様のみでなく官公庁・大手法人など国内外問わず、幅広く「実績ある高級芸術品」をお選びいただいております。 Yahooや雑誌にも数多く作品(商品)が掲載され、最近放送された櫻井翔さん(アイドルグループ・嵐)が出演されたドラマにも作品を多数提供させていただいております!取り扱い陶磁器の内容に関していえば有田焼と伊万里焼に特化しておりますが、様々な模様で様々なカタチのバリエーションの焼き物(磁器)を見つけていただくことができます!! 世界で幅広く選ばれてきた「日本の高級芸術品」として(日本人・外国人を問わず)喜ばれるお品。海外の方へのお土産品やお祝い事に向けた高級ギフト(プレゼント)をお探しの方は是非JTOPIAへご来店くださいませ^^!! 嵐の櫻井翔さん主演、蒼井優さん・多部未華子さん出演の社会派エンターテインメントドラマ「先に生まれただけの僕」で、当店の作品(夫婦湯呑 銀河、コーヒーカップ 青き明星、ぐい呑み8色セット)等作中に多数登場いたします。インテリアとしても、実際の使用としてもドラマに出演しております。 有田焼なんか今まで1度も購入したことないですし、まさか僕が購入するとも思っていませんでした。いろいろなサイトが出てきましたが、何だかパッとしない印象。有田焼自体がやっぱり古めかしいイメージがありますので、「こんなもんかな?」って感じ。しかし、僕は見つけてしまいました。スゴくおしゃれで他とは全く違った異彩を放つ素敵なサイトを。それが今回、僕が注文した「JTOPIA」さん。サイトの作りが完璧で、一目見て惚れ込んでしまいましたよ。 当店の飾り大皿【献上手古伊万里焼】染錦本金花籠青海波図と瓢型酒器セット 瑠璃水滴が、本邦の外務省より、来日されたオランダ国王陛下への献上記念品へと選ばれました。日本が迎える格別の機の贈答に、当店をお選びいただき誠にありがとうございました。
有田焼のあんなことやこんなこと

西日本を代表する焼き物の名門「萩焼」を知ろう!!

山口が誇る日本を代表する焼き物「萩焼」について学ぼう!その歴史と特徴から「萩焼」が買える通販サイト みなさん、こんにちは!今回とりあげます記事のテーマは「萩焼」になります^^!読み方は「はぎやき」になります!!山口県萩市そして西日本を代表する伝統工芸品「焼き物」の一つですね!! 日本三大焼き物と呼ばれる作品は「有田焼(伊万里焼:佐賀県)・美濃焼(岐阜県)・瀬戸焼(愛知県)」と呼ばれる焼き物ブランドになりますが、関西から中国地方そして九州地方での「萩焼のブランド力」はいまだ健在です!!その焼き物の種類は、美濃焼と瀬戸焼と同じく「陶器ブランド」として発信されている伝統工芸品になります!! ちなみに「陶器」というのは、材料に陶土(とうど)と呼ばれる土を主に使って作品を完成させます!その土を材料にして作った「陶器」の特徴は土の茶色や「土もの」ならではの温かさやふっくらとした触り心地にあります(日本が誇る有名ブランド「有田焼(伊万里焼)」は陶石という石を材料にして作品を完成させる「磁器」と呼ばれるものになります)!! また、他にその特徴をあげるなら「陶器」は、お手入れが少し大変ですが、歴史があり、その古風な趣きに魅力を感じるファンが世界中にいるとされる「日本が誇れる文化」の一つなんです!ちなみに「お耳に入れていただきたいこと」として、土の陶器の洗い方に注意していただきたいです!洗った後、生渇きのまま食器棚に保管してしまうと、土の隙間に臭いが付いたり、カビが発生したりする可能性があるからです!!また陶器は水を通しやすいタイプの焼き物なので、陶器に水を含ませて10分以上つけ置きして洗う方がいいらしいです!その点「有田焼」のようなつるっとした磁器はさっと洗いやすく手入れがしやすい点があげられます(もちろん陶器の良さとして、見た目デザインの温かさやお茶の熱を感じられる触り心地はあります)!! 今回の記事では、その「日本を代表する陶器ブランド」の一つに挙げられる「萩焼」って何?についてご説明しちゃいます!先ずは、萩焼の歴史と特徴から!次いで「萩焼を作っておられる作家(窯元)さんの仕事が学べる場所」で「実際に萩焼作りも体験できるおすすめスポット」でもある萩市の名所「萩焼会館」についてご紹介させていただきます!! そして、本記事の最後で「(山口県萩市に行かなくとも)萩焼を購入することができる、おすすめ通販サイト」を簡単にご紹介しちゃいます!! 陶器は磁器に比べると割れやすい傾向があります。磁器は陶器の約1.5倍の強度があるといわれています。 お料理などを食べ終わった後は、すばやく水またはぬるま湯と台所用洗剤で洗ってしまいましょう。吸水性があるので、他の汚れた食器とのつけおき洗いは避けましょう。 洗った後、生乾きのままですぐに食器棚などにしまうとニオイやカビの原因になります。きちんと乾燥してからしまいましょう。 陶器は細かい穴がたくさんあいているので吸水性があり、醤油などはしみの原因になることもあります。使用前毎にサッとお湯(水)通しをしますと汚れがつきにくくなります。余裕があれば、10分以上水につけておき、陶器に水を含まれることで、更に汚れがしみ込みにくくなります。 購入後に、高台(食器の裏側の釉薬などがついていない素地の部分)をサンドペーパーでなめらかにしておくと、他のものに傷をつけません。 「萩焼」の特徴!「長く歩んできた焼き物としての歴史」と「伝統的な良さを引き継ぐ芸術品」 瀬戸焼や美濃焼に次いで、日本全国で知られる「伝統的な陶器の焼き物」である萩焼!! ここでは、萩焼について「歴史」と「(焼き物としての)特徴」について、簡単にご紹介します! 実は「萩焼」という呼称は明治時代になってから以降のことらしいです(それ以前は、地元民の間では「松本焼」と呼ばれていたとか)!やはり、国民の生活に長い間浸透してきた「文化」として、また歴史も深い「陶器の萩焼」ですが、実際のところ、どのような経緯で生まれてきたのか?? また萩焼自体にどのような特徴があるのか??について簡単に本記事の中でお伝えしていきたいと思います^^!! 萩焼について萩焼は、萩藩主の御用窯として萩の城下松本(現・萩市椿東)、深川村三之瀬(現・長門市深川湯本三之瀬)に開かれ、現代も継承発展されている陶芸です。 「萩焼」と一般的に呼ばれるようになったのは明治以降のことで、江戸時代には地元で地名を取り「松本焼」、「深川焼(三之瀬焼)」と呼ばれていました。 さらに「松本焼」はこれを焼いた家によって「坂」・「三輪」・「林」の三窯、また「深川焼」も「坂倉」・「倉崎」・「赤川」の三窯と分けていました。 萩焼の歴史:全てのきっかけは「関ヶ原の合戦(1600年)」だった!! 現在の山口県のマップで「萩焼」が生まれるきっかけとなった町、萩市が確認できます!! 「萩焼」の起源は、今から400年ほど前までさかのぼります!! 関ヶ原の合戦(1600年)の時代、西軍(豊臣側)として東西対決で敗北した大名・毛利輝元が、安芸の国(現在の広島県)から萩(現在の萩市)に領地を移しました!! その文化も成熟していなかった「萩」の地に移った後の慶長9年(1604年)、(萩の初代藩主となった)毛利輝元の命により、朝鮮人の焼き物作家を招致して、(MAPの)松本にて開窯させたことが始まりだと言われています!! この「萩の焼き物」は時代の流行りや藩の保護(御用窯としての役割)によって、じばらくの間、多く作られてきたようですが、その生産の調整を余儀なくされる時代がやってきます!明治維新がやってきてから、西洋の文化がどんどん導入され、伝統的な萩の窯元が少なくなっていったと聞きます(もしかしたら、有田焼や久谷焼といった磁器文化の広がりもあったのかもしれません)!! しばらくの間、その人気に蔭りが見え始めた「萩焼の文化」でしたが、明治後期に一回ブームが再興(恐らく豊かになったから)し、その後若干衰退し、第二次世界大戦後以降に起こる「日本の高度経済成長期(再び豊かになってきた時代)」の流れに乗じて、再び「山口県が誇る日本を代表する伝統工芸品」としての「萩焼」を大事にしていこうという気概が高まってきました!! 日本の国が経済的に豊かになるにつれて、再び流行する茶道の文化、それに乗じて山口が誇り「歴史的にも文化(芸術)的にも評価されるべき日本の伝統工芸品」の一つとして、今や「萩焼」は全国的に認知されるようになったのです!! 萩焼の起こり慶長9年(1604年)、広島から萩に移封された萩藩初代藩主毛利輝元の命により、朝鮮人陶工「李勺光(山村家)」「李敬(坂家)」の兄弟が松本村中の倉に開窯したことが始まりといわれています。 十三連房(室)から成る朝鮮式登窯が築かれ、当初は高麗茶碗に似ている茶碗が主に焼かれていました。 弟の李敬は寛永2年(1625年)、藩主より坂高麗左衛門の和名を受け、以後、坂家は中の倉窯の中心的役割を果たしていきます。 萩焼は、毛利氏が慶長9年(1604)に萩へ本拠を移した後、朝鮮半島から召致した李勺光ら陶工たちの技術に支えられて、萩城下東郊の松本(萩市椿東中之倉、家の現住地)に萩藩(長州藩)の御用窯として開かれました。17世紀前半は、李勺光の子である山村作之允(光政、出家して松庵)が、叔父の坂髙麗左衛門(李敬、助八)とともに御用窯の作陶活動を率いていましたが、明暦3年(1657)に作之允の子の山村光俊は弟子たちとともに深川(現在の長門市深川湯本)に移住し、在地住人の坂倉九郎右衛門の協力を得て第二の御用窯(三之瀬焼物所、ただし経営は半官半民)を設けました。 藩の手厚い保護を受けてきた萩焼の窯元は、明治維新の変革で後ろ盾を失い苦境に立たされます。社会が西洋化し、数多くの窯元が次々と消滅して行きました。 そんな中、明治後期に日本の伝統文化の再評価が起こります。 茶の湯がちょっとしたブームとなり、大正期には深川焼の十二代坂倉新兵衛が表千家に入門し家元伝来の名品を写し、萩焼と茶の湯との結びつきを強調するブランドイメージを確立しました。 この頃から「1楽、2萩、3唐津」と言われるようになり萩焼は一気にその知名度を上げる事となります。 敗戦後の物不足が去り、経済成長期になると更に茶道の隆盛が高まりました。 戦前に比べ比較にならない程、萩焼の需要が高まり窯元は息を吹き返します。 その追い風の中、伝統技法に独自の工夫を研鑽していた深川焼の十二代坂倉新兵衛と松本焼の三輪休和(十代三輪休雪)が文化財保護委員会より記録作成等の措置を構ずべき無形文化財として指定を受けます。 そして1970年に三輪休和は人間国宝(重要無形文化財)に認定され、1983年には弟の三輪壽雪(十一代三輪休雪)も人間国宝に認定されました。 萩焼の特徴:温かい土色の湯呑の陶器より!作品を見ながら学ぶ!作家が生み出してきた伝統的な萩焼の特徴 写真は萩焼の湯呑みになります!!陶器の中でも、そのフォルムはふっくらとしたカタチで仕上がっています!!釉薬(うわぐすり:焼き物の強度を上げたり、色を付けたりするために焼成前や素焼きの作品にかける薬品)を満遍なくかけて、高温で焼成を行っています!! やはり、土でカタチ作った作品らしく温かい土の色が、落ち着いた優しいイメージを伝えてくれるような作品となっています!中でも、特に萩焼の特徴とは「特徴が無いほどの素朴さ」と「あまり硬すぎない土で仕上がったふっくらとした作風」にあります!! 例えば、同じ陶器でも京風の焼き物「京焼(清水焼)」などは珍しい陶器への絵付けを行ったり、日本三大焼き物として知られる陶器ブランド「美濃焼」は赤・青・緑といった色の濃い模様をほどこした芸術品として仕上がっていますが、「美濃焼」に関して言えば、そのような模様をつけたりする伝統は(他の焼き物ブランドと比較しても伝統的には)全く見られない文化らしいです!! また2つ目の特徴として「萩の土の柔らかさ」が萩焼の特徴として挙げられるみたいです!日本の伝統的焼き物は、地元で得られた資源(陶土や陶石)を用いて作品を完成させてきました!萩で生まれた萩焼は、地元でとれる柔らかな土をベースに作品を完成させているので、仕上がった作品自体がフォルムがふっくらとした優しい作りの焼き物に仕上がるらしいです! 以上の特徴より感じることは、これまで「萩焼」というのは、大まかで風雅な趣きを感じる作風として作られてきたということです!!日本でブランド化された萩の焼き物は、まさに日本人が「癒し(温かく優しい雰囲気)」を求めて歴史の中で嗜んできた「お茶会で使える芸術作品」としての色を大事にしてきたんだなと思いますね!! 色は薄いオレンジや淡いベージュ。豪華絢爛(けんらん)たる絵付けはほとんどありません。 特別な形もしていません。一見強い個性がないのが萩焼の特徴です。 萩焼の大きな特徴は、焼き上がりの土の柔らかさとその吸水性にあります。高火度で比較的短時間で焼成し、土味を残すため、商品の感触が柔らかく、土があまり焼しまっていないので、軽く、保温性をもっています。 更に吸水性があるため、長年使っていくうちに、器の表面にある貫入と言われる細かいヒビ模様に、茶渋などが浸透して茶碗の趣が変わり、茶人の間では「茶馴れ」や「萩の七化け」といって珍重されています。 また、形・装飾に素朴さがあり、絵付けはほとんどなく、土の配合・釉薬の組み合わせや、へらや刷毛目により、器に表情を付けているのも特徴のひとつです。 土の配合・釉薬の組み合わせでたくさんの色を生み出すことができる萩焼の魅力を伝えるため、私たち萩陶苑では、伝統的な色合いからガラス釉薬を使用したもの、愛らしい淡い色合いのものなど、多彩な色使いの商品を製造しています。 お茶の世界で、よく一楽、二萩、三唐津とか一井戸(今は萩の代表的な茶盌の一つ)、二楽、三唐津とかいわれ、萩の茶碗は大変高く評価されています。これは単に器がお茶に合うとか、手取りが良いという理由だけではなく、その茶慣れの良さが最大の理由です。萩の土はザングリとして堅く焼き締りません、そのため器が柔らかくふわっと焼けていますので、器に空気が含まれ 熱が逃げにくく、茶慣れが良くお茶をはじきません。そのお陰でお茶が点てやすく 味さえ変わってきます。堅い焼物と比べてもらったら分かると思いますが、それぞれの湯呑みにお茶を入れ 呑んで頂けたら、萩の器のお茶の美味しさが分かります。 【萩焼作家もおすすめ】萩焼について学べる場所!そして萩焼作りを体験できる(陶芸体験)おすすめスポット 萩焼会館 山口県萩市新川東区3155 TEL 0838-25-9545 / FAX 0838-25-8159 営業時間 8:00~17:00 / 年中無休 絵付け 料金:1200円~(消費税・送料別途)/所要時間の目安:30分 萩焼に筆で絵や字を書く体験です。あらかじめ湯呑やお皿などの形が素焼きで作ってありますので、簡単に自分だけの本格的な作品ができます。当館では萩焼の代表的な土(台道士)と顔料(呉須)を使用し、絵付け後に釉薬をかけて本焼きを行います。釉薬の上から焼き付ける方法ではありませんので、半永久的に思い出の文字や絵が残ります。 手びねり 料金:2000円(消費税・送料別途)/所要時間の目安:60分 萩焼の土を使い、自分で形を作っていく体験です。湯呑み、マグカップ、置物など、思い思いの作品を作ることができます。当窯の陶工が使用しているものと同じ台道士で制作していただき、陰干し、素焼き、施釉(釉薬かけ)、本焼きと、丁寧に作業を重ねて仕上げた完成品をお届けいたします。 ろくろ 料金:4000円~(消費税・送料別途)/所要時間の目安:30分 電動ロクロを使用した形成を体験します。本来は熟練の技が必要な形成ですが、プロの陶工がついて指導しますので、初心者の方でも湯呑、茶碗などの回転体がきれいに作れます。高台の削りなどの仕上げも陶工が担当し、本格的な作品に仕上がります。 窯元から直接仕入れた豊富な品揃え。広々とした館内に、茶陶や日用食器などのさまざまな萩焼が並びます。焼物のほかにも、銘菓や海産物など萩の特産品も多数販売。また和小物やアクセサリーなどのショップもあるため萩のおみやげ、旅先の買い物に大変便利です。また、工房見学や陶芸教室を実施。昔から変わらない作陶風景や蹴りろくろを見て、触れて、手づくりならではのあたたかみを感じることができます。場所は国道191号線沿い。お食事処もあります。 実際に山口県萩市まで行けない方に送りたい!萩焼が買えるおすすめの通販サイトに関して!! 日本を代表する陶器ブランドの一つ「萩焼の歴史と特徴」に関する簡単なご説明や「陶芸体験ができる萩焼会館」のご紹介、いかがでしたでしょうか?? 最後にお伝えさせていただきたいのが、山口県萩市まで行くことができなくても上質な萩焼を購入することができる「おすすめの(萩焼)通販サイト」になります!! 萩焼自体、(日本三大焼き物に入る名門陶器ブランド)美濃焼や瀬戸焼と比較しても、その市場への流通量は極めて少なく、地域によっては日本でも使っている人がそこまで多くないブランドだと思います!! なので、ぜひ「萩焼を体験してみたい方」から「既に萩焼がお気に入りで、大切な方へご自身で納得のいくギフト用の萩焼商品を探してみたい方」まで、本記事の中でご紹介する「萩焼を扱う専門通販サイト」をご覧になって見てくださいね^^(本サイトにつながるリンクボタンも貼っておきます)!! 萩焼屋(Hagiyakiya):安くて上品な「萩焼」ギフトが探せます!取り扱い数も豊富な通販サイト 「萩焼屋(Hagiyakiya)」さんは、萩焼の販売を専門的に行っておられる「(萩焼)大手通販サイト」です!! 「萩焼屋」さんの特徴は、先ず「多数の品揃え」にあります!オーソドックスな萩焼をイメージさせてくれる茶器を始めとして、酒器・大鉢・壺からコーヒーカップ等まで様々な商品を取り揃えておられます!! また「萩焼屋」さんの二つ目の強みは「お手頃価格で購入できる通販サイト」であることだと思います!カジュアルで値段がお手頃な作品は「日常生活の中で活躍してくれる商品」として高く期待できます!! 最後に三点目の強みとしてあげたいのは「カジュアルな作品ながらもギフト用として送ることもできる作品を取り上げておられる点」にあると考えます!柔らかく、そして色合いも温かいとされる「萩焼本来の魅力」を伝えられる「焼き物ギフト」が見つけられる可能性があります!! 詳しい情報等に関しては、以下にリンクを貼っておきますので、よろしければご覧になってみてくださいね^^!! 萩焼屋(Hagiyakiya)通販サイトでは一点物にこだわった作家物の萩焼作品を多くご紹介しています。手間を惜しまず一点々々作品画像を掲載していますので、お気に入りの萩焼をじっくりとお選びください。日常使いはもちろん、大切な方への和食器、萩焼、茶碗のギフトはいかがでしょうか? 萩焼窯元 泉流山(せんりゅうざん)オンラインショップ:歴史あり!萩焼界を代表する名門「泉流山」 萩焼を代表する名門窯元「泉流山(せんりゅうざん)」さんによる通販サイトです!!まさに取り揃えられているのは、高級な萩焼商品!陶器(土もの)で高級ギフトをお探しになられる際にぜひおすすめしたい通販サイトです!! 本家「泉流山」さんは文政9年(1826年)より事業をスタートしていらっしゃいます!一つ一つがろくろからの手作りで、粘土や釉薬自体も「泉流山」さんにより、特別に開発されているものが使われているようです!! 「萩焼」において、王道の作品としてイメージされる抹茶茶碗や茶道具を始めとして、コーヒーカップやマグカップといったような様式スタイルの焼き物も多く取り揃えていらっしゃいます!! また高級ギフトとしての趣きを存分に感じられる作品が多いですが、値段もそこまで高くないため、「自分へのごほうびや」「大切な友人へのプレゼント」といったギフト商品として購入したり「陶器(土もの)を生活の中で使ってみたいと考えておられる方へのお試し品」として購入されるのもよろしいかと思います!! 「萩焼」商品自体の上品な色合いと陶器(土もの)ならではの温かさが伝わるお品が多数そろえられている通販サイト!ぜひ以下のリンクの方でご覧になってみてくださいね^^!! 泉流山の創窯は文政9年(1826年)、ちょうど幕末の志士たちが活躍する少し前の時代です。 黎明期には主に磁器(小畑焼と呼ばれ、衰亡のため現存しない)の生産をしていましたが、のちに陶器(萩焼)の生産に転換し、その後時代の変化とともにさまざまな変遷を経て現在に至ります。 萩焼の良さは人の手による温かみ、窯(炎)の偶然性、そしてそれによる深い味わいにあります。 創窯以来そうした技術と精神を大切に、昔ながらの伝統的な手法で今も造り続けています。 美濃焼や瀬戸焼に次ぐ、日本を代表する陶器ブランド「萩焼」に関する今回の記事、いかがでしたでしょうか?? できれば「萩焼会館」も含めて、焼き物作家さんの工房(作業場)や実際の萩焼作品に直で触れて理解されるのは非常にいい事だとは思いますが、現実的に山口県萩市の萩焼会館まで訪れるのが難しい方の場合、商品や芸術作品の写真や(本記事における)今までの情報を通じて「試しに萩焼を通販で購入してみる」といったケースでも「萩焼の魅力」について学ぶことができる貴重な機会になりえると思います!! 萩焼自体、温かみがあって素敵な作品だと思いますが、同じ陶器でも「美濃焼や瀬戸焼そして京焼」ように歴史的経緯(焼き物の起源)や作品自体の特徴が異なる場合が多くあります!!また、陶器ではなく、日本を代表する「最も有名な焼き物ブランド」として知られている「有田焼」のような磁器に関しても、まとめて広く(様々な日本の伝統的焼き物を)理解されるきっかけが生まれたら良いなと思います!! 今後とも「日本が誇る伝統工芸品」について、お役に立てそうな情報を発信していきたいと考えているので、今後ともよろしくお願いします^^!!