有田焼のあんなことやこんなこと

江戸(東京)から世界に誇る「日本の伝統工芸(文化)」代表的作品とは!

東京オリンピックまでに知っておこう!紹介したい江戸の伝統工芸品について!! 江戸幕府が開かれてから約300年の間に、様々な文化が誕生してきました。 もちろん伝統工芸も例外ではなく、伝統を受け継ぐ後継者により完成される芸術品は、数百年経った現在でも根強い人気を誇っています。 では江戸の伝統工芸にはどういうものがあるのか、代表的なものを幾つか紹介します。 江戸の伝統工芸⑴:モダンな様式に完成される東京発の伝統工芸品は現在でも人気!江戸切子(えどきりこ)の 江戸切子(えどきりこ)とは江戸末期に江戸(現在の東京)で始まったカットグラス工法のガラス工芸・ガラス細工である。伝統工芸に認定されているガラス工芸品・地域ブランドの一つ。 江戸切子は江戸末期に生産が始まりました。江戸切子はもともと、透明なガラス(透きガラス)に、切子細工を施し、手摺りと磨きで仕上げていく硝子細工でした。 明治期以降は、薩摩切子の消滅もあって江戸においても色被せ(いろきせ)の技法・素材も用いられるようになるが、色ガラスの層は薄く鮮やかなのが特徴です。 加工法も従来の文様を受け継ぎながら、手摺りからホイールを用いたものに移行していきました。 現在では、当初からの素材であるクリスタルガラス等の透明なガラス(透きガラス)よりも、色被せガラスを素材に用いたものが切子らしいイメージとして捉えられ、多く生産されています。 江戸の伝統工芸⑵:東京から出て海外でも人気!江戸の伝統工芸品、江戸木版画(えどもくはんが)の作品!! 江戸木版画は、墨一色の版画の上に色を筆で彩色していくようになり、これらは丹絵、紅絵、漆絵として進歩してきましたが、色を板木で摺る工夫がなされ、二、三色の色摺版画(紅摺絵)ができました。さらに、明和2年(1765 年)には、金や銀まで摺り込み、中間色も木版で刷り上げることができるようになり、多色摺りのスタイルが確立されました。 江戸木版画の製造の技術・技法は江戸時代に確立し、その技術・技法は改良を重ねながら発展して今日まで継承され、東京都を中心として伝統的に製造されています。 江戸木版画は、墨一色の版画の上に色を筆で彩色していくようになり、これらは丹絵、紅絵、漆絵として進歩してきましたが、色を板木で摺る工夫がなされ、二、三色の色摺版画(紅摺絵)ができました。 さらに、明和2年(1765年)には、金や銀まで摺り込み、中間色も木版で刷り上げることができるようになり、多色摺りのスタイルが確立されました。 江戸木版画の製造の技術・技法は江戸時代に確立し、その技術・技法は改良を重ねながら発展して今日まで継承され、東京都を中心として伝統的に製造されています。 江戸庶民の生活に密着したもの、すなわち、庶民の暮らしを写し、喜びを刻み、夢や憧れを摺り上げたものが江戸木版画の特徴です。また、一組の版木から何百枚もの木版画が大量に製造されることも特徴です。 江戸木版画の作り方 天然の桜の板を版木として使用し、これに彫師が彫刻をし、摺師が出来上がった版木に絵具を付着させ、版木の上から手漉き和紙をのせて、紙の上から竹の皮と葉で作られた馬連で摺りあげます。彫りの深さは深すぎても、浅すぎても次の摺りの工程に影響を与え、摺りは気温や湿度などの外的変化により版木にのせる絵具の分量を変えるなど、作品を仕上げるには、彫師、摺師それぞれの経験による微妙な調整が必要なため、手作業に頼らざるを得ません。また、摺り重ねる度数も30 回を越えるものもあり、極めて精緻な手工業性が求められます。 もちろん他にも、江戸の伝統工芸品は沢山あります。 どれも江戸の風情を強く反映したかのように大胆でありながらも、繊細さがある物ばかりです。 手軽に購入出来る物もあるので、もし気になったのであれば手に取ってみては如何でしょうか。
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岩手県が生んだ長く使える芸術品!高級タンス「南部箪笥」とは!?

みなさん、こんにちは!今回も「海外へ発信されるべき日本が誇る伝統工芸品」についてご紹介していきたいと思います^^!! 今回ご紹介します作品は、今までの焼き物(陶磁器)・切子ガラスや印伝(鹿革と漆の工芸品)とは違い、少し大きなサイズの伝統工芸品です!!みなさんのご自宅では「以下の写真のようなもの」置いてらっしゃいますか^^?? そう!今回のテーマは「箪笥(タンス)」になります!「箪笥」というのは日本の古典的な家具の名称で、国内で長く使われてきた引き出しを主とした収納家具のことを言います!これは日本人の生活文化の中で着物という服を大事にしまっておくために使われてきた伝統工芸品の一種です!後ほど、ご説明しますが箪笥には日本の文化特有の「漆の技法」が用いられてきたことで、この効果により虫やカビから大事な着物を守ってくれたり世代を超えても長く家庭で愛用されてきた代表的な日本の伝統工芸品と言えるでしょう! そして日本人が箪笥と聞いて、先ずイメージしたりするものは基本的に「上記の着物や小物等を収納してきたような引き出しの収納家具」のことで「和箪笥」と呼ばれるものです!これに対して「洋箪笥」と呼ばれ、明治期以降から使われてきている海外輸入の箪笥もありますが、これは着物というよりは洋服をしまっておくもので(着物と違い)取り出したい時にさっと服を取り出せるように開き戸になっており、ハンガーがかけられる仕様のものです(洋箪笥は移動させることのできるクローゼットのようなイメージですね)!! 箪笥という伝統的アイテムは、常に持ち運ぶものではなく、お家の中に設置したら長く家庭の中で使われるべきものです!なので、江戸時代に作られ、明治時代以降に全国へと普及したいった箪笥は「花嫁道具」として贈られたり譲渡されてきた文化的風習が日本人の中にあります!! 今回は、その日本の歴史の中で長く愛用されてきた「箪笥」のブランドとして最も有名な東北地方・岩手県発祥の伝統工芸品である「南部箪笥(なんぶだんす)」について詳しくご紹介していきたいと思います^^!! 元来「箪笥」とは、日本の古典的な家具の名称であり、英語で"Tansu"と呼ぶのは、そうした引き出しを主とした収納家具である。現在ではこれらを和箪笥とも呼ぶ。一方、近代になって西洋風の収納家具が用いられるようになったときにも、これらを箪笥に含めて、洋箪笥や洋服箪笥などと呼ぶようになった。英語でいう"Wardrobe"(外来語としてのワードローブ)などがそれにあたる。 お着物は着ている時間よりも、収納している時間の方が長いのです。 桐たんすは、お着物をシワになりにくく収納でき、虫やカビからも守ってくれるので、 いつでも最高の状態で素敵な着こなしができます。 また普通の家具と違って、お着物を収納するために作られているため、どこに何が収納されているかが とてもわかりやすく、使い勝手が格段にいいのです。 江戸時代に作られた箪笥は、明治時代に花嫁道具として全国に普及し、日本各地で特色ある箪笥が作られるようになりました。しかし、こうした箪笥は戦後どんどん消滅していきました。そんな中、頑なに伝統を守っている集団のひとつに、「岩手民芸-南部箪笥」があります。 日本を代表する高級タンス「南部箪笥」とは何なのか? 日本人にとって箪笥とは何か?序盤でざっくりとお話しました! 昔から日本は西洋文化と比較して、食文化を始めとして様々な点で異なってきました。もちろん身につける衣類もしかりです!日本の「箪笥」とは日本人が来ていた着物や袴を収納するために使われていたとされますが、その歴史の中で「南部箪笥」とはどのような歴史的背景により生み出されることになったのか?また南部箪笥と呼ばれるものの特徴とは何なのか?南部箪笥ができるまでの工程をざっくりとお伝えしながら、南部箪笥の「歴史」と「特徴」に触れていきましょう^^ 「南部箪笥」の歴史とは:箪笥の歴史(江戸時代)から遡る!高級タンスを生み出した岩手県(旧南部藩の地) 箪笥の歴史については諸説ありますが、多くの日本人たちの生活に浸透したのは江戸時代末期から明治時代に入っていってからだそうです。もともと、箪笥のように着物などを収納しておく物は平安時代からあったそうですが、西洋文化のクローゼットなどのアイデアにより日本の文化として再び「和箪笥」として花開いたのがその頃だったようです!最初は庶民の手には決して届かないほどの高価な品だった箪笥ですが、明治以降には多くの日本人へ普及していき「生活をするために必要な伝統工芸品」へとその認識は変わっていったようです!! そこで国内における箪笥の増産が開始されるにあたり、一方で高級な箪笥という新たな伝統工芸品の需要が高まってきます。そこで地元の品質の高い資源や技術力を発揮して、高級タンスの生産を開始したのが東北の岩手県(江戸期では旧南部藩の地)でした!四国四県の面積にほぼ匹敵するほど広大な面積を持つ岩手県では、優良な木の材料である「欅(けやき)や桐といった高級タンス作りに必要な材料」が多く揃っており、また日本独自の先進的技術として優位性をもっていた「漆を用いた塗装加工」も相まって「高級な和箪笥」に代表される「南部箪笥」が登場することとなったそうです!! 南部というのは、具体的には現在の盛岡市以北と青森県南部と秋田県北部地域の重なるエリアだったそうで「南部藩」として南部箪笥を生み出してきた歴史ある地域になります!その中でも岩手県九戸村(くのへむら:岩手県九戸郡九戸村)という地が、かつての南部藩のほぼ中心地として「南部箪笥」の多くを生み出してきたそうです。長い住民の生活の歴史の中で、(特に岩手県で)愛されてきた南部箪笥は、今や岩手県指定伝統工芸品として保護されている貴重な文化の一つとして認定されるまでになったんですね!! 江戸時代末期から明治時代に入る頃合いになると徐々に人々の生活に箪笥という新しい収納箱が浸透して行くこととなる、日本文化の中に西洋文化のクローゼットというものが日本的に変化したもの、それが『和箪笥』だ。だがここで気になるのはどうしてクローゼットから派生したと考えるに妥当な代物の言葉が、どのように誕生したのかも気になるところだ。 南部箪笥(岩手県) 四国四県の面積に匹敵する広さをもつ岩手県は、優良材の産出量は国内トップクラスで、平安末期、平泉に栄えた奥州藤原氏の文化の影響により、旧南部藩、伊達藩全土に普及しました。幕末までは岩手県盛岡市以北と青森県南部、秋田県北部地域周辺が南部藩といわれ、みちのく800年の地方文化と歴史をもつ「南部箪笥」が発展してきました。 幕末まで、現在の盛岡以北地域と青森県南部、秋田県北部地域周辺は「南部藩」と言われ、みちのく南部八百年の地方文化と歴史を有しておりました。岩手県九戸村はその南部藩のほぼ中心的な地域であり、その歴史的背景から九戸村で作られた箪笥を「南部箪笥」と称しております。南部箪笥は岩手県指定伝統工芸品に認定されています。 「南部箪笥」の特徴とは:材料の加工から漆塗りまで!高級タンスが完成していくまでのプロセス 南部箪笥の特徴は先ほど少しお伝えしましたように、高品質の木材(欅や桐など)を使って製作されているという点です。ちなみに南部箪笥以外の漆製品に関しては、漆や模様を描く前の木地として使う木材には、さまざまな種類があるそうです!漆塗り作品というのは漆の樹液を木地に塗るために使って作品を完成させるスタイルのものです。実際に、今でも桐ダンスと呼ばれる和箪笥は日本国内で高級品として取引されてきました。この優良な原木材等を箪笥製作に使える素材にするために適切な処理で加工している点、これが特徴その①になります!具体的には、南部箪笥は材料として選択した良品質な欅の木材等を数年ほど寝かせて自然乾燥させます。この工程を踏まえることで、南部箪笥を製作する際に木材の割れや狂いが減少するらしいです。この丈夫な欅等の素材を贅沢に活用しているのが南部箪笥そのものの特徴につながっているのですね!次に、作風自体の特徴とは言えないかもしれませんが職人さんの手作業により、素材となる木材の板が加工されていきます。この工程により、バラバラだったそれぞれの素材の木材の板が本体へと連結できる抽斗(ひきだし)に変わっていきます!! 次に、箪笥の形として完成した木材の板の表面に漆(うるし)塗り作業があります!「漆塗り」というのは「漆の木から採取した樹液を加工して作った天然樹脂を塗料や接着剤として塗ったり(模様付け)をしていったりする作業」になります!漆塗りの効果はすごく、熱・湿気・酸・アルカリ性にも強く腐りを防ぎ、防虫の効果まで期待できるそうです!日本が最も誇り先進性を築いてきた文化ですね!この漆塗りの工程を行うことで木目の美しさを引き出したり、(漆塗りにより)色模様をほどこすことによって完成したデザインが南部箪笥の➁つ目の特徴になります!極めてざっくりとですが南部箪笥はこの①と②の特徴によって捉えられることができるでしょう!また、塗りの種類には「摺り漆塗・石目漆塗・木地呂漆塗・津軽塗」など4つのタイプがあるそうです!! では具体的に完成した「南部箪笥」を見ていきましょう^^!! 南部箪笥は岩手県の山嶺から産出される欅(けやき)や桐を主材とした、職人が造る伝統家具です。欅の美しい木目と「摺り漆」の塗装、そして手打ち彫金金具。一つひとつが伝統を受け継ぐ職人の気風と格調高い気品を伝えています。これらの伝統の技や風合いを守りながらも、現代の住空間に調和できる家具です。 漆(うるし)とは、ウルシ科のウルシノキ(漆の木;Poison oak)やブラックツリーから採取した樹液を加工した、ウルシオールを主成分とする天然樹脂塗料である。塗料とし、漆工などに利用されるほか、接着剤としても利用される。 最も一般的な用途は塗料として用いることである。漆を塗られた道具を漆器という。黒く輝く漆塗りは伝統工芸としてその美しさと強靱さを評価され、食器や高級家具、楽器などに用いられる。 漆は熱や湿気、酸、アルカリにも強い。腐敗防止、防虫の効果もあるため、食器や家具に適している。一方、紫外線を受けると劣化する。また、極度の乾燥状態に長期間曝すと、ひび割れたり、剥れたり、崩れたりする。 塗装 箪笥の表面に塗る「漆」は、美しい外観・耐久性をもたらします。経年変化により透明感が増し、木目の美しさが一層際立ちます。塗りの種類は「摺り漆塗」、「石目漆塗」、「木地呂漆塗」、「津軽塗」などがございます。 木地づくり 材料は欅を主体として、桐・栗・杉などを用います。欅の木を切り出した原木を数年間寝かせ、加工する前に製材した欅材を野積みをして風雨にさらし、年月をかけて十分に自然乾燥させます。自然乾燥をすることで欅のアクが抜けるため箪笥製作後、狂い・割れが減少します。この欅の素材を使用して用途に応じた部材として使用され、突き板や無垢材として箪笥に使用されます。内部には桐の無垢材が使われ、桐の特性で大切な衣類を永く守ります。 漆塗り 欅の木目が映える“漆”を塗る作業。平均半月以上という時間を掛け、最も手数のかかる工法をかたくなに守っているのは、時の経過とともに、欅の木目が一層その鮮明さを増し、独特の深みがだせるのは「漆」しかないからです。 彫金 「手打ち金具」といわれるもので、その一つひとつが金槌と鏨と鑢を使い、絵模様を作り出されます。鉄板の裏に図案をあて、金槌で叩いて刻んでいき、表からは線刻し、伝統的な絵柄である龍や獅子が生きているように浮かび上がらせ、更に裏側から金槌で打ち出し、更に膨らみを出し、立体的な彫金を仕上げていきます。 様々なスタイルで用いられる伝統工芸品「南部箪笥」の種類! ここまで、南部箪笥の歴史・特徴(製作プロセス)についてざっくりと触れてきました! ここからは実際に様々な用途で、日常生活に浸透していける「4種類の南部箪笥」について、写真を用いながらご紹介させていただきたいと思います^^ 南部箪笥は、いわゆる時代箪笥と呼ばれる箪笥の一つです。 この時代箪笥の中には、衣裳(整理)箪笥、階段箪笥、船箪笥、手許箪笥、水屋箪笥などがあります。 また、その他にも、飾り棚、姿見、火鉢、リビング仏壇や津軽塗箪笥など、オリジナルデザインで取り揃えております。 日本人がイメージする伝統的な箪笥!美しくシックな高級感は「摺り漆技法」で完成させた工芸品!! 読んで字のごとく、衣裳などを整理するための箪笥です。 伝統的な時代箪笥の中で最もポピュラーな箪笥で、畳紙(着物を包む紙)を収納するサイズなど、様々な用途に対応し、様々なデザインのものを取り揃えています。 摺り漆技法 木地に生漆を何回も摺り込み仕上げる技法です。 木目の美しいケヤキなどを材料にしてこの技法で仕上げると何とも言えない自然の香りがします。目止め、着色など木地調整をした木地に生漆を布や専用紙で摺り込み、きれいに拭き取ったら乾燥させます。 この工程を4〜5回繰り返すとだんだん艶が上がってきます。 その歴史の古さは衣裳箪笥以上!美しさと使いやすさを兼ね備えたアイデアに富んだ南部箪笥です!! 階段の下の空間を有効利用する目的で作られた箪笥です。抽斗や引き違い戸、開戸などを組み合わせた形になっています。 江戸時代初期、狭い町屋や土蔵に登場し、箱階段と呼ばれ使われていました。衣裳箪笥や商業用箪笥が現れるよりも前から使われており、先人達の智恵がしのばれます。 かつては女性向けに使われていた高級タンス!小物や大切なものを保管しておくには一番ぴったりの南部箪笥 手許箪笥は女性が自分の身の回りの細かなものを収納するために寝室近くに置いていた箪笥です。当時アクセサリーはありませんでしたが、簪(かんざし)などは貴重品で、帯留めやへそくりなども仕舞われていたといわれています。シンプルで愛着の湧くデザインに仕上げました。 手許箪笥とは、貴重品から身の回りの小物などを収納した小型の箪笥の事。お部屋のあらゆる場所に対応できます。手許箪笥であればその抜群の利便性。時代を超えた新しさが魅力の家具です。 岩手県指定の伝統工芸品「南部箪笥」と青森県で唯一の経済産業大臣指定伝統工芸品「津軽塗」のコラボ工芸品 岩手県指定伝統工芸品の「南部箪笥」と経済産業大臣指定伝統的工芸品の「津軽塗」のコラボレーションにより開発したオリジナル商品です(津軽塗伝統工芸士 黒瀧茂美氏)。 南部箪笥の指物技術を生かした堅牢で緻密な箪笥本体に、扉や引出前板に優雅さと豪華さを兼ね備えた津軽塗を施しました。これらが融合する洗練されたモダンさは、現代日本の暮らしの中にマッチし、和洋どちらの空間にでも合わせられる、インテリアアイテムです。 津軽塗の特徴は、堅牢で実用性に富んでいると同時に、非常に優美な外見を持つ、というところにある。津軽塗で用いられる「研ぎ出し変わり塗り」という技法は、幾重にも塗り重ねた漆を平滑に研ぎ出して模様を表す方法である。この繰り返しに数十回の工程、二か月以上の日数を費やすことで、複雑で美しい漆模様と、頑丈でしっかりした触感が得られるのだと言える。 藩政時代には様々な塗の技法が存在したが、現代まで伝わっているのは唐塗 / 七々子塗 / 紋紗塗 / 錦塗の四技法である。 「津軽塗」の正確な定義というものは存在しないが、一般的には津軽地方で生産される伝統漆器の総称とされる。 津軽塗という言葉が生まれたのは明治六年(1873年)、ウィーン万国博覧会に漆器を展示することとなった際、その産地を明らかにするため名付けられたことからと言われている。むろん、津軽地方における漆器産業としての伝統はさらに古く、江戸時代中期にさかのぼることができる。 また、津軽塗は青森県唯一の、経済産業大臣指定伝統工芸品でもある。
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【必見】JTOPIAギフトが楽天へ出店しない理由!!

みなさん、こんにちは^^!! JTOPIA記事では、みなさんにとって「特別のお祝い事(イベント)」に向けて贈る「(通販限定の)高級有田焼ギフト」のご紹介をさせていただいてますが、今回の記事は商品のご紹介に関してではなく「なぜJTOPIAのギフト商品は楽天で購入できないのか??」がテーマになります!! JTOPIA(当社)では、大切な方(ご家族やご友人)の記念日やお祝い事(もしくは海外の方へのおもてなしのプレゼント)として贈れる様々な(高級)有田焼ギフトを取り揃えていますが「最高級品質の有田焼ギフトをお客様にお届けするために大切にしている以下の3つのこだわり」があります!! ①(楽天さんへの出店料をおさえ)高品質の商品ながら適正な価格で販売したいため! ➁お店(モール)にて販売を行うのでなく、商品力のみでその良さをお伝えしたいため! ③お客様のイメージの中で「楽天さんのギフト商品」ではなく「JTOPIA唯一のブランド」として定着してもらいたいため! 以上の3点が、当社(JTOPIA)が「楽天さんを通じて商品販売を行わない理由」になります!本記事では、この3点について簡単にご説明させていただきます^^!! 人生に何度も訪れることが無い「記念日・節目・お祝いごと」があったとき「(みなさんの身近にいらっしゃる)大切な方へ贈ってあげたい(高級)有田焼ギフト」高品質な作品(商品)を低価格で販売したい!!JTOPIA(当社)が切実に守りたい想いは常にそこにあります!! 「JTOPIAだからこそ生み出せる価値(バリュー)と価値を生み出し続けられる強み」当社(JTOPIA)の有田焼商品(限定ギフト)をサイトでお買い上げいただく際には、ぜひ本記事もご参考にされてみてください^^!! 理由①:楽天さんの仲介料を除いた「高品質な商品をお安い値段」でお届けするスタイル!! JTOPIAでは、お客様に「最高品質の有田焼商品(作品)」を「最適価格」でお届けするために「楽天さんへの仲介料を含まない価格体系」で販売致しております!! 具体的には、メーカー(有田焼の窯元)さんとのご協力の上で、直接JTOPIA(当社)の方から商品を提供しております!なので「小畑裕司先生の柿右衛門様式」や「真右エ門先生の油滴天目の有田焼」等といった「一級品技術の粋を詰め込んだ(大変)希少価値のある芸術品」を(一品当たり、ギリギリの利益ですが、より多くのお客様にお買い上げいただけることを見込んで)ギリギリの販売価格(販売)で提供いたしております!! 当社は仲介業者様に協力をいただいて販路を拡大するよりも、JTOPIAを通じてのみ購入できる「価格設定の際におけるコスト配分を、窯元さんの作品料金にのみ振り分けた低価格かつ高品質を実現した(高級)有田焼ギフトを作りたい」という想いが強いので、楽天さんを始めとした「他社様の仲介にかかるコスト」を価格内に一切含んでおりません!! (JTOPIAは)他社様の仲介料が含まれることによって価格転嫁(販売業者が原材料などの取引コストの上昇を踏まえ、サービスの価格自体に反映させて小売り価格をアップさせること)されることを絶対に避けたい!これが「高品質・低価格」を実現可能とするポイントの一つになります!! そして、これが「JTOPIAの商品が楽天にて出店されていない1つ目の理由」になります!! 理由➁:商品力で勝負するために、一般店舗に販売を依存せずにJTOPIA独自のルートでの販売!! (JTOPIAの商品が楽天さんで購入することができない)2つ目の理由は「(品質にばらつきを持たず、必要な時に窯元さんにオーダーメイドしてもらえるため)JTOPIA独自の通信販売ルートでの商品の提供にこだわりをもっているから」になります!! JTOPIAで提供させていただく有田焼作品は「特A品質」と呼ばれる「(窯元)作家の個展や美術画廊へも出展される程の審美的な関心を呼ぶ水準の作品」を取り揃えております!つまり、JTOPIAから作品を提供させていただく際は、JTOPIA(当社)に直接ご協力いただいている有田焼作家が作り上げた商品の中から「店主と窯元ら自身が目利きした上で納得できる品質として認められた作品」のみを厳選してお客様に販売させていただくことになります!! 実店舗(モール)での販売となると、この「特A品質としての審美的のある一流の芸術作品を均一的に(全ての実店舗で)取り揃えて販売すること」が非常に困難になります!実店舗(販売店や量販店、ネットショップ等)で取り扱われる商品は「A級の商品」といわれ主に「品質や形状ともに欠陥の無い均一的な商品(正規の一般向け商品)」を指しています!また、アウトレットやワゴンセール等は「B級の商品」といわれ「流行遅れや傷アリ、訳ありの二級品」を指しています(C級の商品は値段が付かず、市場に出回らなかった品を指します)!! JTOPIA(当社)では、上記の「A級の商品」や「B級の商品」にカテゴライズされない、一人ひとりのお客様への「JTOPIAが贈る唯一無二の芸術品」としての高いクオリティー水準をクリアした「特A級のギフト商品」のみをお届けするために「店舗販売に依らない通販スタイル」で活動させていただいております!! これが「(JTOPIAの有田焼商品が楽天さんで販売していない)2つ目の理由」になります!! 理由③:JTOPIAでしか買うことのできない「JTOPIAの(高級)有田焼ブランド」として伝えたい! JTOPIA商品が楽天さんで購入できない3つ目の理由は「(JTOPIAでしか購入できない)ブランド商品(ギフト)としてお客様に販売していきたいから」になります!! 当社(JTOPIA)が一貫して取り組んでいきたいコンセプトとして「人生で最も大切な瞬間に、大切な方へ贈るギフトとしての有田焼商品の販売(もしくは自分へのプレゼント)活動」を掲げております!JTOPIA商品の位置づけとしては「高級ギフトとして贈る有田焼ギフト」になりますが、重要なのは、他者様の店舗やネット販売サイトでは購入する事ができない「JTOPIAならではの高級ギフトとしての(JTOPIA)ブランド」を確立していきたいと考え「JTOPIA本サイトからの(通信)販売活動」を行っています!! 当社(JTOPIA)は、(ネット販売をご利用される多くの方に、JTOPIA商品を知っていただける広報の機会を逃したとしても)JTOPIAだから可能にできる3つの強み「高品質・低価格・高いブランド性」を実現するために、他の通販サイトや店舗を通じての販売活動を行っておりません!! これが「楽天さんでJTOPIA商品を販売しない3つ目の理由」になります!! 本記事のまとめ(おわりに)!! 「JTOPIAギフト商品は、なぜ楽天では出店を行わないのか?」いかがでしたでしょうか??JTOPIAは独自の「(JTOPIA本サイトを通じてのみの)有田焼ギフトの販売」を心掛けています!それが「高品質・低価格・高いブランド性」を生み出してくれる「強み」になるからです!! (日本へ)陶磁器文化が伝わり、400年以上の伝統をもつ「日本を代表する伝統工芸品」として知られるようになった「JAPANの有田焼」ですが、JTOPIAによる「(高級)有田焼ギフト」は伝統的な良さを追求しながらも、地域(購入地域)や世代(年齢)を問わず「どなたにとっても心で美しいと感じていただける芸術品」「(そう何度も起こらない)一度きりの人生の中での貴重なお祝い事に、大切な方へ贈る高級ギフト」「通販ギフト業界で既に実績十分!多くのお客様から高評価や高リピートをいただいてきました(有田焼)商品」として多くの方(お客様)に選ばれてきました!! 今後も、引き続き「JTOPIA限定品だからこそ届けられる、多くのお客様に評価される(高級)有田焼ギフト」をご紹介できればと思っています^^!! 最後になりましたが、以下に「JTOPIA作品の品質に関する情報ページ(品質について)のURLリンク」を貼っておきます!よろしければ、ぜひご参考にされてください!! 本日もご通読ありがとうございました^^!!
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150万人を超える日本最大の陶器市!有田焼陶器市と有田の観光名所

日本人はとても焼き物が好きな人種です。 他の国の人々ももちろん、毎日の生活の中で食器や花瓶などの焼き物を使っていますが、日本人は生活の様々な場面に焼き物を取り入れています。 リビングや玄関を飾る置物や、トイレの便器でさえ実は焼き物でできているのです。 これだけ日常生活に焼き物を取り入れる無類の焼き物好き・日本人が住む、この日本には全国様々な場所で陶器市が開催されています。 日本には日本三大陶磁器と呼ばれる「美濃焼・瀬戸焼・有田焼」といった素晴らしい陶磁器があります。2017年も美濃焼は岐阜県土岐市(5月)、瀬戸焼は愛知県瀬戸市(9月)、有田焼は佐賀県有田町(4月~5月)で大規模な陶器祭りが開催されました。これは毎年恒例の行事で、日本三大陶磁器の産地では、毎年必ず陶器市が開催されており多くの観光客で賑わっているのです。 他にも北日本では、北海道の札幌市から江別市、沖縄では那覇市や読谷村まで様々な焼き物の陶器市が開催されています。 クールジャパン・コンテストで有田焼が准グランプリに選出! Sagaが世界に発信するクールな文化として脚光を集めています! この機会に「世界に誇れる有田焼」を探す旅にでませんか?? 2018年は済みましたが来年(2019年)こそはGWは有田焼陶器市へ! 150万人が訪れる有田陶器市 佐賀県の有田町では、毎年有田陶器市が行われています。 2003年には100回目を迎えた歴史ある陶器市で、現在では日本を代表するゴールデンウィークのイベントになっています。 休日には1日で約20万人の来場者が訪れる人気で、有田陶器市号という臨時列車が出るほどなんです。 ゴールデンウィークの4月29日から5月5日までの有田陶器市期間中には、約150万人もの来場者が訪れ有田の街は人でごった返します。 車でのアクセスはかなり早くいかないと混雑し駐車場も一杯になるのが早いので、公共交通機関で行くのがリピーターのお約束です。 期間中早いお店では朝6時頃から開店し、夜7時位まで皿山通りにズラリと並びます。 一般家庭で普段使いできる磁器はもちろん、数百万円する高級な有田焼が勢ぞろいし、市場の8割引きというお値段で買えるケースもあります。 良い有田焼を安く買うなら有田陶器市は必見です。 有田陶器市では、有田焼を100円しない値段から購入でき全国から150万人余りが訪れる大人気イベントとなっています。 しかし、この人気は有田焼だけの人気ではありません。 有田陶器市の期間中、メインストリートの皿山通りを中心に様々なイベントが開催されるからなんです。 まず、4/29のオープニングパレードをかわきりに、フォトコンテスト、食器のテーブルコーディネート展等が開催されます。 通りでは陶器市限定のカフェが出展しご当地グルメフェアも開催されます。 5/5には有田の歴史の人物などの仮装パレ―ドが開催され宝さがしもあるのです。 また、有田の伝統踊りである有田皿踊りも披露され、子供からお年寄りまで楽しめます。 有田陶器市の攻略法 有田陶器市に初めて行かれる方は、攻略法で陶器市を10倍楽しんでみてください。 有田陶器市は、公共交通機関で行かれることをおすすめします。 できれば、朝早くの移動がおすすめです。 リピーターの方は、開催初日に前日から会場近くに泊って行かれるツワモノもいます。 会場は上有田駅という駅から有田駅までの約4キロの距離があります。 ゴールデンウィークと言っても歩くと暑いですし、陽射しも強いですので帽子、運動靴、リュックは必須です。 600軒もの有田焼のお店が並ぶので全部を見て回るなら数日はかかりますが、ポイントを絞って行動して下さい。 お店のマップがありますので前もってお目当てを選んでおくと良いです。 今回は、有田の陶器市についてお話しさせてください。 焼き物がお好きな方なら、きっとご存じ…「いつも行ってるわよ」という方も多いかと思いますが、 有田陶器市は、毎年ゴールデンウィークに佐賀県の有田町で開催される陶磁器の一大イベントです。 明治29年に行われた陶磁器品評会がきっかけとなり始まったといわれています。 100円もしない手頃なものから数百万はくだらない高級品までさまざまな陶磁器を扱う店が並び、 九州はもちろん、全国から100万人以上の人が集まります。 有田陶器市のイベント 秋の陶器市 実は、秋にも有田で陶磁器のイベントが行われていることをご存じですか? その名も<秋の有田陶器まつり>。「食と器でおもてなし」をテーマに、陶器市とともに地元の食材を使った特別メニューや、商店街のイベントなどが楽しめます。 また、有田焼を代表する窯元で薪窯(まきがま)焚きが公開されます!普段めったにお目にかかれない、職人の技を間近で見ることができますよ。有田焼の皿を打ち合わせながら踊る「皿踊りコンテスト」、樹齢千年を超える国の天然記念物の大公孫樹(おおいちょう)のライトアップ等、他にも多数のイベントが企画されております。 ちょうどシーズン真っ盛りの紅葉スポット巡りもオススメです。 春とはひと味違う有田陶器まつりに出かけてみませんか? 観光名所について 有田焼のふるさとといえば、佐賀県・有田町。 今回は、焼き物好きの方にオススメの観光スポットをご紹介します! 機会があれば、ぜひ寄ってみてくださいね。 ●有田ポーセンリンパーク ドイツのツヴィンガー宮殿を再現した外観がゴージャス!館内には世界の陶磁器が展示され、焼き物体験もできますよ。 有田焼の歴史を展示しているポーセリンパークは、2002年春にリニューアルオープンししました。園内への入場料は無料で年中無休。絵付け体験、焼き物見学等の、焼き物を楽しむ施設はもちろん、自社牧場から直送の伊万里牛販売所、ゴーカート、柴広場、ハーブガーデン、宗政酒造(株)による酒蔵見学施設等も加わり、楽しみ方が増えました。 園内に入り、まう目に飛び込んでくるのが、バロック建築の花と称される「ツヴィンガー宮殿」。宮殿展示室には、江戸から明治時代の有田焼を歴史を追って展示しています。(入館料・中学生以上500円・小学生以下無料。) また宮殿左億にあるティールームベルビューでは、有田焼やマイセン、ウェッジウッドなどのカップでティータイムが楽しめ、バロック庭園を眺めながら優雅な時間を過ごす事ができます。 有田焼工房では800円から1000円で下絵付け体験ができ、世界で一つのオリジナル有田焼を作る事ができます。(団体250名まで同時に体験可能) レストラン・リンデンバウムもメニュー・内装を一新。厳選された伊万里牛はじめ、昼食はリーズナブル価格のランチを、また夕食は落ち着いた雰囲気の中でバラエティー豊かなメニューが賞味できます。 憩いの広場でも子供から大人まで存分に自然を満喫出来ます。 下記の写真は有田町内にある体験型施設であるポーセリングパークにあり、ドイツ・ドレスデン市にあるツヴィンガー宮殿の前面部を再現したものです。”古伊万里”収集家、ザクセン先手以降 アウグスト一斉(169-1733)が王宮の横にイベント広場を取り囲む回廊として、1709年に建設を始め1732年に完成したもので、その地下倉庫には当時黄金と同価値といわれた”古伊万里”が千点以上にのぼり収蔵されておりました。 ドレスデン市は、エルベ河畔に位置するザクセン候国の古都で、多くの歴史的建物を有し、イタリアの古都、芸術の町フィレンツェにちなみ「エルベのフィレンツェ」と称される美しい街です。その中にあって、ツヴィンガー宮殿はドイツ・バロック建築を代表する名作として、「ドイツバロックの花」とたたえられています。この建物は現地のツヴィンガー宮殿とほぼ同じ規模で再現されています。王冠門の高さは28m、王冠門をはさんで両ウィング部分の長さは116mとなっています。 ●佐賀県立九州陶磁文化館 九州陶器の歴史が学べ、特に古伊万里のコレクションが有名です。なんと、トイレの備品やゴミ箱にまで有田焼が使われているんですよ。 佐賀県立九州陶磁文化館は陶芸文化研究の拠点として、1980年にオープンしました。肥前をはじめ九州各地の陶磁器や、その歴史を、実物と資料を通して学ぶ事が出来ます。 展示室は5つで、順路に沿っていくと、焼き物の基礎学習(第四展示室)、柴田夫婦コレクション(第五展示室)、九州の古陶磁(第三展示室)、現代の旧驟雨陶芸(第2展示室)と、それぞれ特色があります。(第一展示室は個展等が開かれているため、通常は茶室のみの見学となっております)。 目玉は「柴田夫婦コレクション」です。東京在住の柴田明彦・祐子さんが寄贈した江戸時代の有田磁器9200点あまりの中から毎年一回入れ替えながら約千点を展示しており、有田焼の歴史的変遷が体系的にわかるよう紹介されております。 第四展示室内の蒲原コレクションも必見です。欧州の往古貴族に愛された、絢爛豪華な輸出古伊万里101点が並んでいます。さらに、2001年1月お目見えした「有田焼からくりオルゴール時計」が見ものです。大有田焼振興協同組合等の制作で、高さ、幅約二メートル。30分毎に陶板の文字盤が開き人形が動き出す仕組みで、20世紀有田の技術の粋を集めた大作です。また、同館では随時企画展の開催、陶芸教室等、焼き物造りの裾野を広げる活動も展開しております。 ●トンバイ塀通り 有田内山の中心部の裏通りには、トンバイ塀と呼ばれる一風変わった塀があります。 これは有田以外では見かける事のない独特のものです。 トンバイというのは、登り窯を築くのに使った内壁用の四角いレンガのことで、赤土とその焼粉とを混ぜて固めたものです。 窯がたかれるうちに、薪の灰を被り、摂氏千三百℃以上の高温によって、表面がガラス質に変化し、特徴ある色合いになります。 そのトンバイの廃材が、登り窯を壊す際にたくさん出てきます。 トチン(これから焼く磁器を乗せる粘土製の棒状の台)や一回で使い捨てる窯道具のハマ(磁器を焼く際に焼物の下に置く粘土製の丸い敷物) と廃材のトンバイとを赤土で固めてつくりあげたのが”トンバイ塀”です。塀の上の部分には屋根の形に瓦が築かれてあります。 しかし、赤土のため耐久性はあまりありません。時とともにトンバイ塀も姿を消していきました。以前はトンバイ塀の総延長距離は1キロ近くあったと言われています。 江戸時代の焼き物商人たちは人通りの多い場所に店を構えていたのに対し、窯焼は本通からはずれた人通りの少ない場所に住みました。技術を秘匿するために都合が良いからと言われております。そうして他者に情報を漏らさないための手段として、屋敷と仕事場をトンバイ塀で囲っていたのです。 有田焼の仕事に携わる職人たちが、有田焼の廃材によって守られる。 何とも興味深い光景です。 ●樹齢1千年の公孫樹 泉山弁財天社の境内には、イチョウの大木がそびえています。 有田の名物の一つで、初夏には新緑を芽生えさせ、秋になれば巨木全体に鮮やかな黄色の葉を宿します。 樹齢は千年を超えると見られており、高さ40m、根回り18m、枝張り東西31mに及びます。 佐賀県内最大の大木であり、1926年には国の天然記念物に指定されています。 ●陶山神社 陶山神社は、万治元年(1658年)八月、現在の伊万里市二里町大里の神原八幡宮から主祭神・応神天皇の霊が移され、[有田皿山宗廟八幡宮]として開かれました。その[八幡さん]が陶山神社と飛ばれるようになったのは明治以降で、藩祖鍋島直茂公と陶祖金ヶ江三兵衛公をあわせて祀るようになりました。 境内にはいくつもの記念碑や顕彰碑があり、江戸時代の名代官「成松信久碑」を初め、学問の功績者「江越礼太碑」、有田焼商工の功績者「八代深川栄左衛門碑」、有田陶器市の発案者「深川六助碑」、また神社後方の山頂には、磁器創成300年を記念して大正6年(1917)に「陶石を発見した金ヶ江李三兵衛碑」が建立されるなど、有田皿山をリードしてきた先人の威徳をたたえています。 まず目を引くのが他では見る事のできない、国の史跡である有田焼白磁製の大鳥居。そして境内には、陶工たちによって奉納された磁器製の鳥居や狛犬、大水花瓶、欄干などは焼き物の町、有田ならではの風情に触れる事ができます。有田焼製のお守りが販売されており、毎年干支の絵馬は宮司さんによる手描きのデザインです。 ●チャイナ・オン・ザ・パーク 深川製磁が運営する陶磁器のテーマパーク。深川様式の作品展示やアウトレットショップ、レストランがあり、ラベンダーが咲き乱れるフラワーガーデンは必見です。 ●体験工房・ろくろ座 ろくろを回して自分だけの作品がつくれます。初めての方もプロが指導してくれるから安心!作品は焼成後、郵送してもらえます。 ●源右衛門窯 有田に窯を築いて260年余りの源右衛門窯。工房で、職人さんたちの昔ながらの手仕事を間近に見ることができます(平日のみ)。 有田ダム 有田内山の札の辻交差点を陶山神社の向かい側を登って行くと、有田ダムがあります。 12万本と言われる植樹が、春は桜。散ると青葉。秋は黄色や赤の紅葉。四季折々に湖面を華麗に装飾します。その景色の守り神のように立っているのが、彫刻家 古賀忠雄氏制作の「乙女のブロンズ像」で、その傍に戦後日本の詩壇の旗手と言われた山本太郎氏の詩碑があります。 名づけた古賀氏は有田工業学校を卒業してるのでその作品が有田にあるのはおかしくないのですが、東京育ちの山本氏の詩碑があるのは不思議ですよね! 実は北原白秋の甥であり、旧制佐賀高等学校を卒業してるのです。でも、有田には繋がらない。 じつは有田の企業が器以外にと新製品にと「磁彩壁画」と言うものがあり、強く引かれた唐津出身の洋画家森通氏と山本氏を引き合わせ、二人展を福岡で開いたりしたそうです。 当時有田町長と企業社長が二人と酒を交わすうちに有田ダムのことに話がなり町長が有田ダムを余りに褒める為に昭和61年初夏にみんなで訪れたそうです。 夕映えの湖面に危機の影が空に向かって逆立つように映り、その場でダムの美称を考えてくださいと頼まれ十数種の案を後日届け。文句なしで選ばれたのが「秘色の湖」でした。 実は秘色!!!  秘色は有田焼に欠かせない青磁の美称です!!! 磁器の町のダムにこれ以上の名はないですよね? 「磁彩壁画」現在で言えば有田町内でだけではなくJR博多駅構内など自然と目に出来るようになりました。 ●花炎 有田町の炎の博記念堂にある花炎という岡本太郎作のモニュメントです。 ●上海飯店 有田町では食事所が少ないと言われています。 その原因は17世紀半ばから食器を通じて海外の食文化を通じたり、商人が食器を持って全国を歩き回るうちに各地の名物料理を知り、実物や情報で我が家に持ち帰る。商売の出先で結ばれた夫婦がいるなど、家庭料理のメニューが器だけでなく賑やかになりました。 そういう事で主婦が腕前に自信を持ち、大切なお客様は我が家でおもてなす習慣が根付きました。料理自慢の家庭を増やした反面美味しい店が育ちにくくなり「食事する所が少ない」と言われてます。 観光客を迎える町なのにこれはイケない!!! 現在有田町では有田鶏を使った「有田焼五膳」を町内6店舗各オリジナルメニューで¥1200で企画販売を始めたり、B級グルメにも出店している有田鶏を使ったから揚げ「から揚げドンドン」という店等もあり、何かとお手軽に味わえます。ちょっとおしゃれにという方にはチャイナ・オン・ザ・パークにあるレストラン「レストラン究林登(クリント)」。竜門峡の絶景と鯉料理を堪能「龍水亭」・「龍 泉荘(カフェ・岩盤浴あり)」をおススメ致します。 その中で今回ご紹介するお店。他県ナンバーからの車も並び陶器市以外でも行列の出来るお店。 35号線のバイパス「上海飯店」。 おススメは鶏のから揚げ。酢豚。特製皿うどん&ちゃんぽん。色々ありますが中華と言うか、B級グルメというか。 とにかくすごい。 定食・チャーハン1人で食べるものではない量がでてまいります。大人数と行っても、色々各種注文するのはおススメできません。単品でも無料で色々出てきます。他に注文したくても、胃袋ついて行かず食べきれません。 しかし二つ方法があります。 お持ち帰り用のプラスティック容器もらう。(暗黙の了解) 徐々に注文する。 ※ご注意ください。チャーハン一つ頼んでも人数分が出てくる時あります! ※※店主はスタッフを怒鳴りつけている事がやや多いのですが、特にお客には被害なく、お客様の構成年齢層聞いてサービスはきちんとしております。 上海飯店 行ってみる価値です。 有田焼の体験ができる観光施設 せっかく有田に行くならば有田焼体験をしてみたいという方がいます。 有田には、有田焼の体験ができる観光施設もありますのでぜひご利用になって下さい。 ・有田ポーセリンパーク 有田を観光で訪れた方が立ち寄るスポットとしても人気なのが有田ポーセリンパークです。 こちらの観光施設は広い庭園に有田焼の展示施設もあり、有田焼のショップを始めレストラン等も併設しています。 お城の様な外観で有田焼のテーマパークとなっているのです。 ろくろ体験や絵付け体験、手びねりの体験など体験メニューはたくさんあり子供でも簡単にできるので喜ばれます。 作品は後日郵送で送ってくれるから安心ですし、コップやお皿、湯呑み等自分の好きなもので体験できます。 有田焼の体験で作った作品は観光のお土産にもいいですし、旅の記念にもなります。 こちらの観光施設は昼のランチバイキングでも混雑する人気スポットです。 ・深川製磁チャイナ・オン・ザ・パーク 深川製磁という会社が造った焼き物公園「チャイナ・オン・ザ・パーク」には焼き物博物館であるギャラリー忠次舘があります。 パリの万国博覧会に出品された作品などを展示している他、2階ではレストランで喫茶やランチを楽しむ事ができます。 素敵な有田焼を眺めながらお茶ができる空間として観光客には大人気になっている施設です。 カップルはもちろんですが家族連れにも人気が高く特に絵付け体験は旅行の記念になると評判が良いです。 大きなお皿からマグカップから選ぶ事ができ深川製磁独特の雰囲気を体験することができます。 予約して行ってもいいですが、当日でも空いていればいつでも体験はできます。 夏休みなどの繁盛期は、少々待ち時間があるかもしれませんがそんな時はレストランでおいしいハーブティーを飲んでみてください。 ・その他の有田焼体験ができる施設 有田に団体でご旅行等をお考えなら伊万里・有田焼伝統産業会館がおすすめです。 こちらの観光施設は、団体でも利用できる広い会場がある他、古伊万里や色鍋島といった伝統の有田焼を展示しています。 有田焼の学習ができるだけではなく絵付け体験もできますので、学校やクラス単位ならこちらはおすすめです。 他にも有田焼体験ができる施設はたくさんあります。 観光施設ではありませんが、多数ある有田焼の窯元の中には、ろくろ体験や絵付け体験がある所が結構あります。 有田陶器市や夏休み期間中などは観光施設も窯元辺りの有田焼体験も賑いますが、その他の季節は比較的空いています。 ゆっくりと時間をかけて有田焼と向き合いたいなら空いている磁器に有田焼体験をすると良いです。 有田焼400年事業について 2016年は、日本で磁器が誕生して400年、有田焼が誕生して400年ということで様々な記念事業が行われます。 有田焼の良さを全国にアピールする有田焼400年事業をご紹介します。 ・有田焼の歴史と有田まちなか博覧会 日本の陶磁器は、朝鮮半島から伝わり有田の地で初めて磁器が作られました。 有田には良質の粘土があったことからこの地で窯が開かれたと言われています。 最初は、藩の直轄として作られていた有田焼も次第に庶民が使えるような器が作られるようになりました。 その後、日本全国に磁器の技法が広まり現在になっています。 日本陶磁器発祥の地としての400年を振り返りさらに発展させるために400年事業が平成28年2016年に催されます。 主な行事としては秋に、有田まちなか博覧会が有田の町全体をパビリオンとして開催される予定です。 有田焼関係の出店はもちろんですが、磁器を始めとしたアート作品の展示や、佐賀や有田のおいしいグルメを楽しめるお店も出ます。 ・有田の踊りといえば有田皿踊り 有田焼400年事業では有田皿踊りも行われる予定です。 有田皿踊りとは、焼き物の町有田独特の踊りでお揃いの浴衣や衣装で揃えた人々が両手に小さな皿を持ち踊るものです。 皿を打ち鳴らして踊るのは有田焼の本場有田ならではで、有田皿山節とチロリン節を伴奏として踊ります。 毎年行われる有田陶磁器まつりでは有田皿踊りのコンテストなども開催されています。 有田焼400年事業でもスケールアップしてコンテストなどが行われると予想され、大規模になるかもしれません。 有田の町を小さなお皿を鳴らしながら踊る人々の姿を見るだけでも有田に出かけてみる価値はありそうです。 出場チームは前もって参加を伝えておかなくてはなりませんので告知などに気を付けて下さい。 ・有田焼400年事業のイベント 有田焼400年事業では、1年間を通じて様々なイベントが開催されます。 秋に行われる有田まちなか博覧会はもちろん、有田皿踊りなどの伝統芸能、また、有田のPRイベントも各地で開催されます。 福岡や大阪などの大都市にあるデパートでは、400年有田の魅力展が行われます。 有田焼の展示はもちろんですが、焼き物の里として古くからの歴史がある有田を魅力的に紹介しています。 このようなPRイベントでは、有田焼の絵付け体験も行われお子さんや女性にも好評です。 有田焼の魅力に触れられるだけではなく、このイベントで有田に興味を持って訪れる人が増える事を目的としているのです。 日本の焼き物の元祖と言われる有田焼を、イベントを通して知ることで、佐賀の有田に触れる機会ができるはずです。 必見!有田焼の建築物たち 有田町には有田焼で出来たいろいろなオブジェやインテリアがあります。今回の記事では様々な種類のそれを紹介したいと思います。 有田焼の洗面所と便器 有田のとある店で撮影した有田焼の洗面台と便器です。 本体に絵柄が施され、美術品のような外観でございます。 そして、さりげなくスピーカーにも有田焼が取り入れられております。(撮影及び転載許可済み) 橋の欄干 橋の欄干にも陶板や壷が埋め込まれております。 窯元の情報や作品の画像等、これから随時追加してまいります。 お楽しみに。 磁器製の水飲み場 炎の博記念堂にある有田焼の水飲み場です。 身近にあるいろいろなものが陶磁器でつくられているのが、この町の面白いところであり、個性ですね。 巨大時計 古今東西様々な有田焼が展示されている九州陶磁文化館。 こちらの写真は施設内に常設されている、有田焼で作られたからくりオルゴール時計です。 30分毎に巨大な文字盤が開き、華やかな照明の点灯とともに、四季の移ろいに合わせてオルゴールが流れ、ポールサーカスのショーが始まります。 時計の中の歯車、振り子、文字、子供達の人形、時計の足柱など、構成する要素すべてを有田を代表する窯元らが制作しております。 どの部分にも伝統的な有田焼の模様が用いられており、全体の大きさも圧巻でございますが、細部にも余念がございません。 傘立て 賞美堂本店の二階の一角に置いてある傘立てです。 色鮮やかな色絵と染付が印象的です。 かつてはこうした大物の陶磁器がつくられておりましたが、不景気のあおりや職人の人材不足から、作り手はほぼ消滅しております。 炎の博記念堂の近くには歴史と文化の森公園という広い公園があります。 その敷地内のトイレには陶板が配置されており、手洗も有田焼で色絵が描かれております。 陶板カルタ 下記の写真は歴史と文化の森公園敷地内に配置されている有田焼カルタです。 数十年前に実際に小学生たちに使用されました。長い月日が経った今も状態をそのままに留めております。 磁器は割れる事がありますが、大切に扱う事で何百年と美しさを保ちます。 有田町にある陶山神社の鳥居も磁器製ですが、建立から一〇〇数十年経過した今でも当時のように美しさを保っております。 温泉の湯船 日本三大美肌の湯にあげられる嬉野温泉。 その温泉街の一角にしあわせの湯という温泉がございます。 とてもユニークなのがそこの湯船が有田焼で出来ているということです。 実際入浴してみたところ、陶磁器独特の質感が温泉の湯とあいまって なめらかできめ細かい肌触りがございました。 絵柄も美しく、肌だけでなく目も潤います。 有田焼のコーヒーカップたち こちらはギャラリー有田という喫茶店です。 店内には壁一面に様々なコーヒーカップが並べられており、紅茶やコーヒーをオーダーすると沢山のカップの中から好きなカップを選び、それで飲む事が出来ます。幸運な方は店頭に止められてる、有田焼の紋様が描かれたミニクーパーに出会えます。 クールジャパン・コンテストで有田焼が准グランプリに選出! Sagaが世界に発信するクールな文化として脚光を集めています! この機会に「世界に誇れる有田焼」を探す旅にでませんか?? 2018年は済みましたが来年(2019年)こそはGWは有田焼陶器市へ! 日本の魅力を海外に発信する「クールジャパン」の異業種連携プロジェクトのコンテストで、有田焼創業400年にちなんだ佐賀県とオランダの産業交流の取り組みが16日、準グランプリに選ばれた。 「佐賀県とオランダとのクリエイティブ産業交流」 デザインに秀でたオランダと、有田焼のものづくりに優れた佐賀県が、それぞれの強みを生かし、相互発展と世界展開を図る。 100円から買える高級品!!佐賀の有田焼陶器市! イベントの雰囲気を伝えたい:有田焼陶器市に参加して! 毎年、ゴールデンウィークに開催される、佐賀県有田の「有田陶器市」をご存知ですか。 私も今年の有田陶器市に行ってきました。 会場になるのは有田駅〜上有田駅までの約4キロのメイン通り。 2016年は有田焼が創業して400年目ということもあり、大変な盛り上がりをみせていました。 そこに約500店舗の有田焼その他のお店が軒を連ねるので、1軒1軒見て回るだけで相当疲れます。 でもお気に入りに出会ったり、お店の人と値段の交渉をするのも楽しくて、来てよかった!と思いました。 400年記念のイベントも目白押しで、時代絵巻パレードや食と器をテーマにした世界料理学会などが注目を集めていました。 また、多くの窯元が記念の新作を発表していましたが、中でも陶祖・李参平窯の十四代金ケ江三兵衛さんが、町内の泉山磁石場の陶石を使った新作をものにしていて、独特の雰囲気が見る者を包み込んでいました。 4月29日から5月5日までの7日間に訪れた観光客の数は、今年は130万人にも達するとか。 ある程度の人混みは予想していましたが、昼前になると身動きできないほどの混みようでした。 地元の人から教えられた裏ワザは、案内所で配っているガイドマップを活用することです。 これは気に入ったけど、一回りして後で買おうと思っても、その場所がどこか分からなくなるので、目印を付けていくと安心です。 全体をじっくりと見ようとするなら丸3日はかかるといわれていますから、1泊か2泊はしたいところです。 それから、絶対おススメなのが、メイン通りのショッピングだけでなく、気になっている窯元などを訪ねることです。 普段は見られないところも、その期間に限って開いてくれている窯元もあるので、予約を入れて訪れるのはいい思い出となります。 欲張りな私は、同時期に開催されている長崎県・波佐見焼の陶器市にも車を走らせました。 波佐見焼はここ数年、非常に人気が出ている焼物で、そのセンスの良さや風情のある街の佇まいは必見です。 メインストリートの皿山通りには様々な陶磁器を扱う店が並び、 100円を切る手軽な値段のものから何百万円もする豪華なものまでバラエティーに富んだ陶磁器が販売されます。 友人と最終日に行きましたが、まだまだ色々なデザインの素敵な陶器がたくさん残っていました。そして最終日なのもあって値引きしてくださるお店もありました!なので最終日もオススメです!また来年も行きたいと思っています。 小学生の頃から両親に連れて行かれてました。おかげで無類の陶器好きに。陶器市開催中は大手の深川製磁や香蘭社をはじめ、ほとんどの商社も大盤振る舞い。半額はもちろん7割引8割引もありえます。また、お店の方との値段交渉も楽しいです。長いこと歩くので、履き慣れた靴をオススメします。 【と き】平成29年11月22日(水) ~ 26日(日) 【ところ】有田町内各所 日本磁器発祥の地として、約400年の歴史を持つ佐賀県有田町。 春の有田陶器市は、100万人を超える人出でにぎわうことでとても有名ですが、のんびり、ゆっくり有田の町を散策できる秋の有田陶磁器まつりは、春とはまた違った趣があります。 今年のテーマは『秋の有田の町歩き』。樹齢約1,000年の大公孫樹(おおいちょう)や、泉山磁石場のもみじのトンネルなど、紅葉に彩られた町を多彩な町歩きで楽しんでいただけます。 また、日本磁器発祥の地・有田のやきものの歴史を感じる「薪窯(まきがま)巡り」などの催しを開催します。 400年の歴史と伝統が息づくロマンティックな町並みで、やきものめぐりはいかがですか? 有田焼陶器市へのアクセスは九州から!長崎・福岡・佐賀の空港から車でバスでJRで! 車だと長崎空港から1時間!福岡空港から1時間20分!佐賀空港から1時間15分!目的地は波佐見有田I・C! JR(地下鉄)だと長崎空港から55分!福岡空港から1時間25分!佐賀空港から1時間15分!目的地はJR有田駅! 有田焼陶器市で訪れるべきおすすめ窯元!! 有田焼陶器市に行けない人のためにおすすめの通販ショップ!! どうしてもお忙しい方は「2017年の有田焼陶器市」に行けなかった方にも大丈夫!! ユニークで自分に合ったクールな有田焼はネットからも探せます! むしろ2018年の陶器市に行く前に、ここから「有田焼の世界観」にひたってみてはいかがでしょうか??
有田焼のあんなことやこんなこと

一挙に解決!有田焼と伊万里焼の違いとは?特徴や歴史、3大様式って?

有田焼と伊万里焼ってそもそも何? こんにちは、JTOPIAの佐藤です。 日本の焼き物といえば有田焼や伊万里焼が有名ですが、この2つは何が違うかご存じですか?有田焼とは、佐賀県有田町周辺の地域で焼かれた磁器の総称です。約400年前に誕生し、日本における磁器の起源となっています。 当時、有田に定住した朝鮮半島の陶工たちが陶器の製法に磨きをかけ、さらに柿右衛門らが色絵磁器を生み出し有田焼の技術はますます進化していきます。 17世紀後半になるとその芸術性の高さが評価され東インド会社が有田焼を買い付けるようになるのですが、これらの有田焼を伊万里の港から輸出していたことから「伊万里焼」と呼ばれるようになったということです。つまり、もともと同じものなのですね。 有田焼の特徴と原材料 焼き物は、大別すると土器、陶器、石器、磁器に分けられますが、有田焼は磁器になります。 磁器とは陶器よりも更に硬質な部類の焼き物です。 薄くて軽い仕上がりで華奢な印象ですが、1300度の高温で17時間以上かけて焼成されているために、 実際には硬くて丈夫で耐久力もあります。また、指で軽く弾くと、澄んだ高い金属音がします。他の焼き物に比べるとツルツルとしている触り心地も有田焼の特徴です。磁器愛好家の中には有田焼のなめらかな肌触りがたまらないという人もいらっしゃいます。 硬くて耐久性が高く割れにくい上に軽くて薄いので、昔から日本全国の殿様級の人々に珍重されてきました。 原料としては当地で採掘される粘土の鉱石である泉山陶石や天草陶石などが用いられており、製造するための技術はもちろん重要なのですがこの二つの陶石は強度が高く美しく焼きあがるという特徴があるため他の土を配合する必要が無く、単独の陶石のみを使用して磁器が製造できるのは世界的に見てもこの二つの陶石のみといわれており、当地が日本磁器の起源となったのも原料に恵まれていたというのが大きかったといえます。 天然陶石の特徴としてもう一つが、透き通るような白です。かつてはその特徴から欧州の貴族より”白い金”と賞賛を浴びたこともありました。 透明感ある白磁の有田焼は絵柄のキャンパスとしてもふさわしく、磁肌に描かれた絵付けの美しさでも評判になり。 古伊万里や柿右衛門、鍋島等の様式があり、ヨーロッパの陶器に多大な影響を与えています。 今でもヨーロッパでは有田焼の人気は高く、現在にも通じる世界最高の磁器だったことが判ります。 有田焼400年の歴史 有田焼が生産される以前の国内では陶器の生産が主となっていたのですが、17世紀に発生した豊臣秀吉による文禄・慶長の役の2回の出兵の際に朝鮮から多くの陶工が連れてこられたことにより国内では初となる国産の磁器として1610年代より生産が始まりました。 つまりこの有田が日本磁器の起源といえるのですが、初期に作られた伊万里焼は白磁に青で模様を表した染付磁器で、これは当時の中国の技法ではなく朝鮮で主に用いられていた技法となります。 やがて有田で窯が増える中で濁手の乳白色の生地に赤を主調として文様を描いた柿右衛門様式や、金彩がはいる豪華絢爛な金襴手なども登場するようになります。それらは東インド会社を通じ、世界中に輸出されることになり、欧州の王侯貴族から絶賛を浴びることになります。 欧州の名窯 マイセンに影響を及ぼした有田焼! 有田焼のことを調べていると「柿右衛門様式」という言葉をよく耳にしませんか? 柿右衛門とは酒井田柿右衛門のことで、初代は江戸時代、有田の地で活躍しました。乳白色の地肌に赤色系の色絵を描くその手法を、柿右衛門様式といいます。 柿右衛門の作品は17世紀後半にはヨーロッパに多数輸出され、王侯貴族の間で絶大な人気を博したそうです。ドイツの名窯で世界的に有名なマイセンは、「東洋の美しい磁器に匹敵するようなものをつくれ」というポーランド王からの命を受けて開かれたといわれています。 なお、JTOPIAでは、柿右衛門様式の継承者として名高い小畑裕司氏の作品を多数取り扱っています。柿右衛門様式ならではの余白の美を活かし、可憐な桜の絵図を描いた「色絵銘々桜図」のシリーズは、特に人気を集めています。 小畑氏の作品は、その美しさ、クオリティの高さが認められ天皇皇后両陛下への献上品にもなりました。 JTOPIAは、小畑氏の仁窯(じんがま)最大の取り扱い店です。湯呑やお茶碗などはもちろん、コーヒーカップ、絵皿、花器など、さまざまな商品が揃っています。 誕生日や結婚祝い、長寿祝いなど大切な方へのギフトとしてふさわしい品格を持っているため、自信を持ってお贈りいただけるかと存じます。 知っておいて損はない!有田焼の三様式!! 日本で最も有名な工芸品ブランドとして知られる「有田焼」ですが、「陶磁器に描いた美しい絵付け模様(文様)」の特徴の中でも、最も強調すべき3種類の有田焼(絵付け)様式である「有田焼三様式」から柿右衛門様式、鍋島藩窯(色鍋島)様式と古伊万里様式をご紹介し、その代表的な(有田焼)模様の特徴についてお教えします!! 現在、有田・伊万里焼は「古伊万里」「柿右衛門」「鍋島」の3つの様式に大別されています。「古伊万里」とは名前の通り、江戸時代に焼かれた古い伊万里焼のことを指します。「柿右衛門」は余白を活かした色絵が特徴で、「鍋島」は17〜19世紀にかけて鍋島藩直営の御用窯で献上品として特別につくられたものです。乳白色の上に余白を活かした日本独特の花や鳥や景色をそれまでの色彩とは違い赤や青、黄色や緑を使って表現したものです。 のちに紫や金も使うようになりますが、左右非対称に絵付けをしたり、もみじに鹿などの決まったパターンの特徴的な図柄があります。 鍋島様式は、さらに色鍋島、藍鍋島、鍋島青磁があります。 特に色鍋島は大名などが使った献上品としての需要が多く、特に格調があって人気が高いです。 古伊万里様式は、赤や金の色鮮やかな磁器です。 白い磁器に青で絵付けし、金などを贅沢に使って模様を描いた一品です。 絵柄は豪華で輸入用としても多数作られました。 現在の有田焼の特徴 誕生して400年を迎える有田焼は、佐賀県有田町を拠点にして作られる陶器の総称です! 有田焼の特徴をひと言で表現するなら、まず第一に、透き通るような白磁の美しさがあげられます。磁器独特の肌合いを生むのは白く硬い陶石という石です。有田の泉山で陶石が初めて発見したのが磁器づくりの始まりであり、有田焼はこの陶石なくしてはあり得ませんでした。 有田焼は磁器の滑らかな触感と硬くて丈夫なため、日常の食器としても愛用されてきましたが、その一方で藩の伝統工芸として格調高い作品も作られてきたことも大きな見どころといえます。 400年の歴史を持つ有田焼ですが、伝統を活かしながら進化を続けています。 現在の有田焼は日本のみならず世界レベルで選ばれる磁器です。 近年、人気の高い有田焼としては、白磁の透かし彫り技術を活かしたものや釉薬を最大限に活かした作品等があります。 日展特選に選ばれた有名作家さんもいらっしゃいますし、皇室献上品も有田焼には多いのです。 有田焼では、磁器のランクを明確に規定しています。 アウトレットやワゴン品のB級品、一般の量販店などにあるA級品、通常のルートでは買えない特A商品があります。 有田焼の窯元は100軒以上ありますが、その中でも有名窯元や有名作家さんはごく一部です。 高級有田焼と言われる特A商品は希少価値が高く現在の有田焼を代表する作品が多いのです。 日本の磁器の元祖である有田焼は、他の陶磁器とは違う特徴があります。 有田焼の特徴を知ることで日本の磁器の歴史も感じることができるのです。 400年前から人々に愛され続けてきた有田焼。JTOPIAでは、特に品質が優れている特Aの商品のみを厳選していますので、大切な方へのギフトとして自信を持って贈っていただけます。 九谷焼と有田焼の違い、歴史と特徴 JTOPIA:生活感がイメージできる食器から新築祝いのギフトまで! 安倍総理によるルクセンブルク訪問の際、ルクセンブルク首相への贈呈記念品に【献上手古伊万里焼】染錦本金吉祥紋蓋付夫婦湯呑 【天皇皇后陛下献上記念品】夫婦湯呑 色絵銘銘桜図の2品が選ばれました。 品揃えも豊富で迷いました。梱包などもしっかりしてて満足してます。 機会があれば、自分用のも買ってみたいです。 高品質なものを取り扱っているショップだと思います。ぜひこれからもこの方針で長く続けてほしいと思います。 JAPANが生み出した伝統工芸品「有田焼」!今やその人気は国内にとどまらず海外まで!ここでは、そのJAPANが誇る「有田焼の特徴」を始めとして「伊万里焼と何が違うの?」から「久谷焼と何が違うの?」そして「有田焼の模様を代表する三様式(3種類の模様)」まで簡単に教えちゃいます!! 有田に定住した朝鮮半島の陶工たちが陶器の製法に磨きをかけ、さらに柿右衛門らが色絵磁器を生み出し有田焼の技術はますます進化していきます。 17世紀後半になるとその芸術性の高さが評価され東インド会社が有田焼を買い付けるようになるのですが、これらの有田焼を伊万里の港から輸出していたことから「伊万里焼」と呼ばれるようになったということです。つまり、もともと同じものなのですね。 江戸時代初期、それまで磁器生産がなかった日本で、朝鮮から渡ってきた陶工による技術で日本初の磁器が現在の佐賀県有田で生まれました。そして有田及びその周辺(波佐見、三河内など)で焼かれた磁器が近くの伊万里津(津とは港の意味)から船で出荷されたため、消費地からは伊万里からやって来たやきもの、ということで「伊万里」、「伊万里焼」と呼ばれたのです。 有田焼は伊万里焼と呼ばれることもあります。これは有田焼が他の地域へ運ばれる時、十数キロ離れた伊万里港まで運ばれ、そこから船で全国、もしくは海外に旅立っていったからです。そのため、外国では「imari」という呼び方が定着しています。 有田焼三様式:柿右衛門様式とは? 柿右衛門様式は濁手とよばれる乳白色の下地に、余白を強調しながら、繊細な黒い線と赤・緑・黄・青の色で花鳥風月を描いているのが様式の特徴です!また絵柄は左右対称に描かれているのが基本です!! 有田焼三様式:鍋島藩窯様式とは? 鍋島藩窯様式とは、青みを帯びた地肌に裏文様が描かれ、くし高台が施されているのが特色となります!技法的には3つに分かれています!「色鍋島」は染付を基本に赤と青、緑が用いられた技法が特色で、古くから藩主が使用する食器や、幕府などへの献上品とし用いられました!「藍鍋島」は藍色で精緻に描かれた図柄が見事です!「鍋島青磁」は文字通り、自然の青翠色が際立つ技法です!! 有田焼三様式:古伊万里様式とは? 古伊万里様式とは江戸時代に生産されたもので、濃い藍色の染付に金襴手と呼ばれる赤や金の絵の具を施した、絢爛豪華な模様が特色です!! かつて日本では江戸時代に広く流通していた「古い伊万里焼」を指す「古伊万里焼様式」の有田焼! そのファンは国内にはもちろん、ヨーロッパやアジアのみならず広く海外へ輸出され、古伊万里焼様式の作品は歴史的に深く親しまれてきました!それは後にお伝えする「柿右衛門様式」と「鍋島様式」以外に属する作品たちです!! ここではその「古伊万里様式」の作品の中でも、極めて代表的な様式技術「染付」と「金欄手」についてご紹介します! 王族や貴族たちを魅了してきた「献上手古伊万里焼」とは!? 【天皇皇后陛下献上記念品】夫婦湯呑 色絵銘々桜図 安倍総理によるルクセンブルク訪問の際、ルクセンブルク首相への贈呈記念品に【献上手古伊万里焼】染錦本金吉祥紋蓋付夫婦湯呑 【天皇皇后陛下献上記念品】夫婦湯呑 色絵銘銘桜図の2品が選ばれました。 退職なさる部長のお祝いを探して悩んでいたのですが、とてもお洒落な女性で、皆でなかなかないようなあっと驚く商品はないかと思っていたところ、桜の描かれた湯呑を見つけて一目惚れしました。描かれた桜とその余白が大変お洒落で、まさに私が探していたものでした。部長にも、どこで見つけたの?と言っていただき、思った以上に、喜んでいただきました。 天皇皇后両陛下御献上の栄誉に浴した、仁窯の銘々湯呑です。JTOPIA特別限定品となります。 桜の湯呑をそれぞれ組み合わせてお送りします。なめらかな柿右衛門調の白磁が色絵の繊細さと色合いの品格を高めております。極細の総手描きの逸品であり、いずれの湯呑も絵柄が異なる世界に一つだけの夫婦湯呑としてご愛用いただけます。現代日本屈指の美をご覧ください。桐箱付、ご贈答にも好評です。 【有田焼】飾絵皿(大)色絵魚紋 艶やかな丸い白磁の中に、海中の世界が描かれています。 紅色のカサゴが大きく口を開けた様子、紺碧のミノカザゴの、ヒレが揺らめく様子、ウロコ、その精緻な筆致をご覧下さい。海底のイソキンチャク、ヒラメの模様、エビ、蛸の吸盤、すべてが驚愕のタッチです。カワハギの表情や、遠くに泳ぐイカや青魚も、余すところなく細微に描かれています。海の中を覗くように、時を忘れて見入ってしまいそうです。 一枚の絵として、一つの美術品として、空間を格調高く彩ってくれます。 日本の伝統美と現在の斬新な感覚を備えた逸品は、大切な人への特別の贈り物に、法人様への記念の品に、海外の方へのギフトに、多くの方に好評をいただいてまいりました。 日本人なら聞いたことが多いと思われる伝統的な焼き物「有田焼」ですが、佐賀の有名な焼き物で「伊万里焼」の名前を聞いたことがある人も多いと思います!今回の記事では、この「有田焼と伊万里焼の違い」に関してみなさんにお伝えしていこうと思います!!

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JTOPIAで陶器への名入れを行っていない理由

JTOPIAで陶器への名入れを行っていない理由についての記事です。美しい桐箱だからこそ、箱書きが映えます。
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古伊万里とは!?数百年前に海を渡った世界的骨董品

古伊万里とは国内の磁器生産ではトップとも言える有田焼の一種で、主に江戸時代に生産された有田焼や周辺の三川内焼・波佐見焼なども含めた総称として呼ばれています。 17世紀に当時の朝鮮より持ち込まれて以降、様々な様式を生み出す中で進化していった有田焼は、江戸時代になると肥前国を治めていた鍋島藩により職人の保護や育成が行われるようになります。 とりわけ技術の漏洩には神経を尖らせ、職人は一生当地から離れることが出来ず、藩が専売ですべてを買い上げるなどかなりの力を注いでおり、国内での販売はもちろん海外に向けての交易品として珍重されていました。 有田焼の積出港である伊万里港より長崎出島を経由して海外へ輸出されたことから、港の名称を取り古伊万里(オールド・イマリ)と呼ばれて、欧州を中心に世界中に輸出されていくことになります。 当時の国内では鎖国政策により海外との交易はごく限られたもので、長崎の出島は交易に中心地となりオランダ相手に貿易が行われていました。 一方で当時の世界情勢を見たときに、磁器の生産で有数であった明が清へと交替する最中で海外との交易が停止されたという問題が生じたため、当時の貿易の担い手であったオランダ東インド会社は日本の古伊万里に着目して世界中へと輸出されることになります。 19世紀になるとジャポニズム(日本趣味)として日本の浮世絵や工芸などが世界中で人気を集めるようになり、とりわけ西洋の作家が日本の色彩感覚に感化されるという事もあったのですが、古伊万里の輸出が始まった当時はそうした人気が出るかなり以前のことになります。 日本という国の存在感が全く無い時代に日本の伊万里が世界中に輸出されたというのは非常にロマンを感じるところであり、当時からすでに確立されていた日本の美意識や工芸の技術力が初めて世界で認識された意義深いものといえます。 その後は清が再び交易を開始したことで価格競争が生じて輸出が停止されることになるのですが、今もなおその輝きは失われること無く私達を魅了しております。 古伊万里様式とは 古伊万里様式という言葉を効かれた事はないでしょうか? 古伊万里様式とは、その名の通り古い伊万里焼の様式のことです。 江戸時代から400年歴史を持つ有田焼は、 「柿右衛門様式」「色鍋島様式」「古伊万里様式」の三様式に分けられます。 古伊万里様式は、元禄期(1688~1704)に生まれ生産されていました。 元禄から享保にかけてヨーロッパで人気を博し、大量に輸出されました。 伊万里の港で船積みされたことから、伊万里焼と呼ばれました。 古伊万里様式は、染付、金襴手が代表です。 濃い染付の藍色の素地に、赤や金の上絵の具を贅沢に使った作品や、 色絵の上に金泥や金粉で豪華な模様をあしらった作品が特徴です。 多様な絵模様と装飾性は、当時の元禄文化を反映して豪華絢爛なものです。 植物や動物、幾何学、唐草模様などが描かれています。 多様なモチーフで全面が埋め尽くされたものが多いです。 主に江戸時代末期までに作られた有田焼のうち、 色鍋島様式、柿右衛門様式に属さないものは、 古伊万里様式に分類されます。 ※長崎県ハウステンボスの中にあるポルセレインミュージアムの画像です。 万博伊万里と呼ばれる海外向けに輸出された幕末・明治期の大作が多数保管されております。 かつて世界の市場を目指し、全身全霊で作陶に向かっていた職人たちの矜持と技量が偲ばれます。 ドイツ・ドレスデンにあるツヴィンガー宮殿 弊社社員が実際にドイツのツヴィンガー宮殿に行った際に撮影した写真です。 この建物を有田では六分の一の敷地を再現させていますが、内戦の空爆被害が生々しく、焼け焦げたツヴィンガー宮殿の姿です。 フリードリッヒ・アウグスト王の磁器に対する執着心のエピソードが、その時代財力の象徴だった中国・日本の陶磁器。プレイセン王の磁器コレクションのドラゴンの壺など151点の磁器を、ザクセン兵600人と交換したり、ザクセンで白い磁器を作れないかと宮廷にヨハン・フリードリッヒ・ベットガーを城に幽閉したほど。 そんなアウグスト王のコレクションは内戦で破壊・略奪に遭い、疎開させた一部分の品々が、宮殿内のポルツェラーン・ザムルンク(磁器収集室)に展示されています。 中国独特の物、中国の技術をお手本にして日本の美を表した物。日本独特の物、中国や日本をお手本にしたヨーロッパ。マイセン独特の物、ヨーロッパを真似した中国・日本の物と。お互いの良い所や技術を学び独自の美と技術を組み合わせいる色んな陶磁器のコレクションがあり、陶磁器美の宝庫に圧巻します。  近年館内のリニューアルをシャネル、アルマーニ、ヴィトンに携わる建築家であるアメリカの、ピーター・マリーノ氏に内装とコーディネートをお願いされてます。コレクションの展示もシンメトリ・三角構成などでディスプレイされており、古伊万里に新しい息吹を与えてるようでした。  このツヴィンガー宮殿。国交もない時代の40年以上前に、有田から七人の男たちが宮殿に眠る古伊万里を夢見て訪れた事が有田焼の歴史に残ってます。 磁器の間 ちなみにこちらはハウステンボス内にあるポルセレインミュージアム内にある一室です。 壁全体に陶磁器の小物が配置してあります。 東洋磁器が無数に保管されていた、ドイツのツヴィンガー宮殿に倣いつくられた部屋です。 輸出用古伊万里について 初期伊万里、古九谷様式を経て発達した有田焼=伊万里焼は、1659年にVOCから大量注文を受けて以来、ヨーロッパをはじめとする各地から期待された磁器生産地であり、17世紀後半から18世紀初めにかけては、次期輸出が最も盛んに行われた磁器でした。この時期には、古伊万里様式と柿右衛門様式と製品が輸出の花形的存在でした。柿右衛門様式は、1670年代頃に様式が確立され、東洋的雰囲気を持つ作風は、ヨーロッパの人々を魅了しました。元禄時代(1688~1703)前後には、新しい色絵の染錦手を中心とする古伊万里様式が柿右衛門様式にとってかわり、当時ヨーロッパで一世を風靡していたバロック文化に受容されて流行しました。 輸出された器もバラエティに富み、食器類のほかに人物や動物をかたどったもの、観賞用の壷と瓶のセット(ガーニチャー)など様々な種類の磁器が創り出されました。17世紀後半に本格的な輸出の時代を迎えます。 VOCは木で作った見本や図面を日本に送って磁器制作上の細かな指示を与え、海外でより良い値段で売れるもの、 需要の高いものを求めました。皿、碗、瓶などの注文が最も多かったのですが、オランダやイギリスの金属製ポットを模したもの、 O(油)、A(酢)など中身を示す言葉の頭文字を付けた注器などヨーロッパでしか見られなかったような製品も作られました。 また、真鍮や金、銀を用いて装飾を施す方法も盛んに行われました。磁器という素材を最大限に活用し、観賞用あるいは実用に供する為に 工夫しながら加飾をおこなった様子が窺えます。 人の背丈ほどの超特大花瓶 色絵花鳥文 色絵花鳥文大花瓶は有田町中の原にある、賞美堂本店に飾られております。 色彩の豪華さとその巨大さに圧倒されます。幕末から明治前期には海外の輸出目的にこのような巨大な花瓶や大皿が有田で作られており、時代のエネルギーを感じさせます。ろくろで成形されたものですが、手の長さには限度があるため、一気に作る事は出来ませんでした。この花瓶の場合、胴部はおそらく3つの部分を別々に作り、生乾きの時に継いでおります。さらに首を継ぎ、朝顔型に開いた口部も別に成形しております。筒型の大火鉢のような生素地を接合して作りますが、狂いなく積み上げるのには相当のワザが必要とされます。また焼成により焼きへたらないような強度も必要です。このような大物作りの技法は幕末明治がピークであり、今日では再現が不可能に近い状態です。 焼き物は焼成により2割近く縮みます。この2mの大花瓶は成形時にはさらに大きなものだったはずです。その素地にまず染付をほどこします、藍色に見える部分の事です。そして釉薬をかけて1300度で本焼します。次は上絵付(色絵)を行います。有田では赤絵と呼び、また金彩を伴う場合は錦付けとも呼びました。この作品には赤と金彩が使われております。染付の藍色と上絵付の金および赤の配色は、古伊万里金欄手様式の基本色です。元禄時代に完成したこの様式は、ヨーロッパの王侯貴族を魅了しました。そして明治になっても有田の伝統的な美の様式として続き、今日でも有田焼と言えばこの配色をイメージする人が多いです。 胴部中央の窓には、富貴の象徴である牡丹が描かれ、また桜の下に鷺が羽ばたいております。他にも鳳凰、竹虎、龍、七宝など各種の吉祥文が見事な筆致で描かれており、豪華さと緻密さが調和した明治の古伊万里の代表作と言えます。 万博博覧会は1861年のロンドン万博に始まりますが、有田焼も1867年のパリ博に出品されています。その後1873年(明治6年)のウィーン博、1876年(明治9)のフィラデルフィア博、1878年(明治11)のパリ博と続きました。この大花瓶も明治のこうした万国博に出品されたか、輸出されてものと考えられ、ヨーロッパから里帰りしたものでございます。