1616年に日本で最初の磁器として開窯し、400年以上日本の歴史に寄り添ってきた有田焼。江戸時代から国内外に流通し、日本を代表する焼き物として評価されてきました。 有田焼の老舗たるブランド、時代にあわせモダンな商品ラインを展開する窯元など、有田焼の窯元についてスポットライトを当ててみました。
有田焼のブランド窯元
真右エ門窯
真右エ門(馬場九洲夫)は、窯変技法において日本を代表する作家です。「窯変」とは焼成中に土や釉薬に含まれる成分が化学反応を起こし、独特の色彩や結晶、結晶を生む現象の事を言います。その天然自然の美は宇宙の神秘にも例えられます。 真右エ門は2012年度、日本最大の美術展であり、陶芸界で最も権威と名誉ある賞とされる、第四十四回日本美術展覧会(日展)工芸美術部門の特撰受賞の快挙を成し遂げました。 2000年の県展50周年特別賞をはじめ、12年の現代工芸美術九州会展覧会最高賞など数々の受賞歴がございます。
虎仙窯
虎仙窯は旧鍋島藩に伝わる鍋島焼の技法を用いる窯元としてよく知られていますが、近年ではその鍋島焼と現代の様々な技法を組み合わせた独自の様々な作品を作っていることでも知られています。その美しい土台に様々な色合いを組み合わせた伝統と現代的な作風が高く評価されている窯元です。美しい色合いと鮮麗な色彩を中心に写実的な図柄を配した独特の作風となっており、見る人に強い印象を与えるものとなっているのが特徴です。高度な技術の根幹には古伊万里の独特の技法と鍋島焼のルーツが流れており、いろいろな楽しみ方ができるものとなっているのがポイントです。
福右衛門窯
福右衛門窯は、有田焼の原点である古伊万里の技法を活かした最高峰の献上古伊万里焼様式の作品を作ることで知られている窯元です。古くから海外の王侯貴族などにも愛されてきた献上古伊万里焼ですが、現代では絵柄の印刷技術が発達しているためにこれらの装飾を印刷で施すと言うことが一般的となり、丁寧な手描きの文化というものが薄れつつあります。転写は均一なものを作ることができる反面、手作業で行った味わいなどは薄れてしまうものですが、福右衛門窯では献上古伊万里の製法技術をそのまま引き継ぎ、すべて手作業で職人が行っている点に特徴があります。そのため一つ一つの装飾にそれぞれ深見があり、全体としてのバランスも絶妙に調和しています。
仁窯
柿右衛門様式の有田焼の陶芸家として名高い人物こそ小畑裕司です。彼の柿右衛門様式の磁器は、ロクロの成形から焼形、絵付けまでの全工程を一人で行っています。前述しましたように、通常であれば分業作業となるプロセスを一人で行ってるというのが最大の特徴の陶芸家です。
また、小畑裕司作の柿右衛門様式は、赤絵で色付けを行なうのではなく、正円子(しょうえんじ)というピンク色の絵の具を用いて色付けを行なっています。色絵の中心は、伝統的な絵柄ではなく桜となっています。基本をベースにしながらも、オリジナリティー溢れる柿右衛門様式の磁器を創り出しています。
源右衛門窯
有田の山間に窯元を構える源右衛門窯は260年以上「古伊万里様式の伝統技術」を継承してきました。
源右衛門窯と比肩される窯元として「白地に色付け絵柄の柿右衛門窯」と「佐賀藩(鍋島)への御用窯である今右衛門窯」がよく知られています。
「古伊万里様式を継ぐ源右衛門窯」は幕末以前の「柿右衛門・今右衛門の系統以外を含む有田焼」を進化させてきたブランドとして歴史上でも特異な地位を築いてきました。
今右衛門窯
今泉今右衛門窯は歴史的に分類される鍋島焼の種類の中で「色鍋島」と呼ばれる「藍色の絵具(顔料)で下絵を描いて焼き、赤・黄・緑の色で上絵をつけた焼き物の伝統技術」を継承してきた窯元です。
この色鍋島を作る「今泉今右衛門」は佐賀藩の御用赤絵師を務めてきた家系でした。
特にその技術を後世に伝えるために「赤絵の絵付きの秘法技術」を今泉今右衛門に伝えたのが今右衛門窯の始まりだといいます。
柿右衛門窯
1640年代に初代柿右衛門が赤絵を創始し、白磁の美しさとの調和性を究極まで高め、柿右衛門様式として1670年代に確立しました。その美意識は以降15代に渡り現代まで途絶えることなく脈々と受け継がれています。
香蘭社
有田焼の歴史をひも解くと、その成り立ちに深く関係した企業があります。それが佐賀県有田に拠点を置くセラミックスメーカー「香蘭社」です。創業は明治12年(1879年)で、九州で最初に設立された企業法人でした。東京では銀座6丁目にあります。有田焼の技術を活かし、磁器製絶縁碍子を日本で初めて造ったなど、技術力の高さで定評があったようです。