有田焼と伊万里焼の違いとは?歴史・特徴・三大様式(柿右衛門・鍋島・古伊万里)をわかりやすく解説
日本の焼き物といえば有田焼と伊万里焼。どちらも佐賀県の磁器として有名ですが、「何が違うの?」と聞かれて答えられる方は意外と少ないのではないでしょうか。結論からいうと、江戸時代の有田焼と伊万里焼は同じものです。有田で焼いた磁器を伊万里の港から出荷していたため、「伊万里焼」と呼ばれました。現在は産地によって「有田町で作られたものが有田焼、伊万里市で作られたものが伊万里焼」と呼び分けられています。この記事では、有田焼と伊万里焼の違い、有田焼400年の歴史、磁器としての特徴、そして知っておきたい三大様式(柿右衛門・鍋島・古伊万里)の見分け方を、有田焼専門店JTOPIAがわかりやすく解説します。
- 有田焼と伊万里焼の違い(江戸時代と現在で意味が変わる)
- 有田焼の特徴と原料(泉山陶石・天草陶石)
- 有田焼400年の歴史と、始祖・李参平
- 三大様式(柿右衛門様式・鍋島様式・古伊万里様式)の特徴と見分け方
- 九谷焼との違い、現在の有田焼の選び方
有田焼と伊万里焼の違いとは?
有田焼とは、佐賀県有田町周辺で焼かれる磁器の総称です。約400年前の1610年代に誕生した、日本で最初の磁器です。
17世紀後半、その芸術性の高さが評価され、オランダ東インド会社が有田焼を買い付けるようになります。このとき有田焼は伊万里の港から積み出されていたため、積出港の名前から「伊万里焼(IMARI)」と呼ばれるようになりました。つまり、もともとは同じものだったのです。
| 有田焼 | 伊万里焼 | |
|---|---|---|
| 江戸時代の意味 | 同じもの。有田で焼き、伊万里港から出荷したので「伊万里」と呼ばれた | |
| 現在の意味 | 佐賀県有田町周辺で作られる磁器 | 佐賀県伊万里市(大川内山など)で作られる磁器 |
| 「古伊万里」 | 江戸時代(1610年頃〜幕末)に作られた伊万里焼=有田焼のこと。現在の伊万里焼と区別するための呼び名 | |
| 代表的な様式 | 柿右衛門様式、古伊万里(金襴手)様式 | 鍋島様式(大川内山の鍋島藩窯) |
有田焼の特徴と原料

焼き物は大きく土器・陶器・炻器(せっき)・磁器に分けられ、有田焼は磁器にあたります。磁器は陶石を原料に約1,300度の高温で焼き締めた、最も硬い焼き物です。
- 透き通るような白:ヨーロッパの貴族から「白い金」と称賛された白磁の美しさ
- 硬くて丈夫:薄くて軽いのに割れにくい。指で弾くと澄んだ金属音がする
- なめらかな肌触り:ガラス質でツルツルしており、汚れやにおいがつきにくい
- 美しい絵付け:白磁をキャンバスに、柿右衛門・鍋島・古伊万里などの様式が生まれた
原料は、有田で採れる泉山陶石(いずみやまとうせき)と、熊本県天草の天草陶石です。この2つの陶石は強度が高く美しく焼き上がるため、他の土を配合せず単独で磁器が作れる、世界的にも珍しい原料です。有田が日本磁器の発祥地となったのは、この原料に恵まれていたことが大きな理由です。
関連記事:有田焼に使われる天草産陶石ってどんな石?/陶器と磁器の違いとは?原料・焼成温度・見分け方
有田焼400年の歴史
始まりは16世紀末、朝鮮の陶工たち
有田焼が生まれる前、日本では陶器の生産が主流でした。16世紀末、豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役、1592〜1598年)の際に、朝鮮半島から多くの陶工が日本に連れてこられます。彼らの技術によって、1610年代、日本で初めての国産磁器が有田で誕生しました。
初期の有田焼(初期伊万里)は、白磁に青(呉須)で模様を描いた染付(そめつけ)の磁器で、朝鮮で主に用いられていた技法によるものです。やがて有田に窯が増える中で、乳白色の素地に赤を主調とした柿右衛門様式や、金彩をふんだんに使った豪華絢爛な金襴手(きんらんで)が登場します。これらは東インド会社を通じて世界中に輸出され、ヨーロッパの王侯貴族から絶賛されました。
有田焼の祖、李参平(りさんぺい)

有田焼の発展に最も貢献したとされるのが、朝鮮出身の陶工李参平です。朝鮮出兵の撤退時に日本に渡り、佐賀の多久で陶器を焼いていましたが、より上質な磁器を作るために原料を探す旅に出ます。そして1616年、有田の泉山で磁器の原料となる陶石を発見し、日本で初めて白磁を焼いたと伝えられています。有田町の陶山神社には「陶祖」として李参平が祀られています。
朝鮮から九州へ、そして有田から全国・海外へ。有田で生まれた磁器の技術は、のちに石川県の九谷焼が生まれるきっかけにもなりました。
ヨーロッパの名窯マイセンに影響を与えた有田焼
17世紀後半、「日本の美しい磁器」の評判を聞きつけたオランダ東インド会社が、有田焼を買い付けに何度も日本を訪れるようになります。伊万里港から積み出された有田焼は、ヨーロッパで「IMARI」として大流行しました。
ドイツの名窯マイセンは、東洋の磁器に魅了されたザクセン選帝侯アウグスト強王が「東洋の磁器に匹敵するものを作れ」と命じて、1710年に開かれた窯です。柿右衛門様式の作品はマイセンで数多く模倣され、ヨーロッパ磁器の歴史に大きな影響を与えました。
関連記事:佐賀県有田焼の歴史が簡単にわかるまとめ
知っておきたい有田焼の三大様式
有田焼の絵付けには、代表的な3つの様式があります。柿右衛門様式・鍋島様式・古伊万里様式です。それぞれの特徴を知ると、有田焼を見る目が変わります。
| 柿右衛門様式 | 鍋島様式 | 古伊万里様式 | |
|---|---|---|---|
| 素地 | 濁手(にごしで)と呼ばれる乳白色 | 青みを帯びた白 | 白磁に濃い藍の染付 |
| 色 | 赤を主調に、緑・黄・青 | 赤・青・緑の三色(色鍋島) | 藍に赤と金の「金襴手」 |
| 構図 | 余白を活かした非対称の花鳥図 | 幾何学的で整然とした構図、裏文様、櫛高台 | 全面を埋め尽くす豪華絢爛な文様 |
| 誰のために | ヨーロッパ輸出向けに人気 | 将軍家・大名への献上品 | 輸出品、国内の富裕層 |
| 印象 | 上品、繊細 | 格調高い、端正 | 華やか、豪華 |
柿右衛門様式とは?

柿右衛門とは、江戸時代初期に有田で活躍した酒井田柿右衛門のことです。1640年代に日本で初めて赤絵(赤を主調とした色絵)を完成させたと伝えられ、乳白色の素地に赤色系の色絵を描く手法を柿右衛門様式と呼びます。
- 濁手(にごしで):温かみのある乳白色の素地
- 余白の美:素地の白を活かし、絵を描きすぎない
- 色:繊細な黒い線に、赤・緑・黄・青。のちに紫や金も
- 図柄:花鳥風月。もみじに鹿、松竹梅、鳥などの定番の図柄がある

柿右衛門の作品は17世紀後半にヨーロッパへ多数輸出され、王侯貴族の間で絶大な人気を博しました。マイセンで多くの写しが作られたのも、柿右衛門様式の色と構図の美しさゆえです。
JTOPIAでは、柿右衛門様式の継承者として名高い小畑裕司氏(仁窯)の作品を多数取り扱っています。余白の美を活かして可憐な桜を描いた「色絵桜図」のシリーズは、天皇皇后両陛下への献上品にもなった逸品です。
- 【天皇皇后陛下献上記念品】夫婦湯呑 色絵銘々桜図(33,000円)
- 湯呑み 色絵桜図(16,500円)/マグカップ 色絵桜図(16,500円)
- 仁窯の作品一覧:小畑裕司・仁窯の通販
関連記事:世界がその美しさに唸る有田の柿右衛門様式/有田焼柿右衛門様式を代表する小畑裕司 仁窯
鍋島様式(鍋島藩窯様式)とは?

鍋島様式は、17〜19世紀に佐賀藩(鍋島藩)直営の御用窯で、将軍家や大名への献上品として特別に作られた磁器です。御用窯は伊万里市の大川内山(おおかわちやま)に置かれ、技術が外に漏れないよう厳重に管理されていました。
- 色鍋島:染付の輪郭に赤・青・緑の三色で描く、最も有名な技法
- 藍鍋島:藍色一色で精緻に描く
- 鍋島青磁:大川内山の青磁原石を使った、澄んだ青翠色
- 形と構図:木盃形の皿、高い櫛高台(くしこうだい)、裏文様、整然とした幾何学的構図

色鍋島は、その豪華さから八代将軍徳川吉宗の奢侈禁止令で制限を受けた時期もありましたが、現代ではその技法が再び脚光を浴びています。四季の情緒の中でも「春」を思わせる、端正で格調高い絵付けが魅力です。
皇室や将軍家献上の流れをくむ色鍋島の窯元として、JTOPIAでは虎仙窯(こせんがま)の作品を取り扱っています。
- 夫婦湯呑 染錦吉祥松竹梅図(39,600円)/湯呑 染錦吉祥松竹梅図(19,800円)
- 虎仙窯の作品一覧:虎仙窯
関連記事:皇室・将軍家献上の流れを組む色鍋島の名門 虎仙窯ってどんな窯元?
古伊万里様式とは?
古伊万里様式の代表は、染付と金襴手(きんらんで)です。濃い藍色の染付の素地に、赤や金の上絵の具を贅沢に使った作品や、色絵の上に金泥・金粉で豪華な模様をあしらった作品が特徴です。
- 豪華絢爛:元禄文化を反映した、華やかで装飾性の高い絵付け
- 全面を埋める文様:植物、動物、幾何学、唐草などのモチーフで器全体を埋め尽くす
- 藍と赤と金:濃い染付に赤絵と金彩を重ねる「染錦(そめにしき)」
現代において、献上手古伊万里様式の作品を手描きで作り続ける窯元が福右衛門窯です。安倍元総理のルクセンブルク訪問の際には、福右衛門窯の「染錦本金吉祥紋蓋付夫婦湯呑」と仁窯の「夫婦湯呑 色絵銘々桜図」が、ルクセンブルク首相への贈呈品に選ばれました。
- 福右衛門窯の作品一覧:福右衛門窯(献上手古伊万里焼)
- JTOPIAの献上実績:メディア掲載・献上実績
関連記事:福右衛門窯のすべて 最高級伊万里焼の名窯/古伊万里とは?数百年前に海を渡った世界的骨董品
九谷焼と有田焼の違い

有田焼とよく比較されるのが、石川県の九谷焼です。九谷焼は江戸時代初期(1650年代)、大聖寺藩主・前田利治が九谷村で陶石が見つかったことを機に始めたとされ、藩士の後藤才次郎を有田に派遣して磁器の技術を学ばせたと伝えられています。つまり九谷焼は、有田焼の技術を源流にもつ磁器です。
この初期の窯(古九谷)は1730年頃に閉じられますが、19世紀に再興され、現在は石川県能美市・金沢市・加賀市・小松市などで作られています。
| 有田焼 | 九谷焼 | |
|---|---|---|
| 産地 | 佐賀県有田町 | 石川県能美市・金沢市・加賀市・小松市など |
| 始まり | 1610年代 | 1650年代(有田の技術を導入) |
| 絵付けの印象 | 白磁を活かし、余白を残した繊細な絵付け | 赤・黄・緑・紫・紺青の「九谷五彩」で器全体を濃く塗る |
| 共通点 | どちらも「石(陶石)」を原料とする磁器 | |
関連記事:九谷焼の歴史と特徴/日本三大陶磁器とは?美濃焼・瀬戸焼・有田焼の違いと見分け方
現在の有田焼:選び方とJTOPIAのこだわり
誕生から400年を超えた有田焼は、伝統を守りながら進化を続けています。白磁の透かし彫りや釉薬を活かした現代的な作品、日展特選作家の作品、皇室献上品など、有田焼は今も日本を代表する磁器として世界で選ばれています。
有田焼には品質のランクがあり、アウトレットで見かけるB級品、一般の量販店で扱われるA級品、通常のルートでは手に入りにくい特A品に分けられます。有田には100軒以上の窯元がありますが、有名窯元や作家の特A品は希少で、現在の有田焼を代表する作品といえます。
柿右衛門様式の最高峰:夫婦湯呑 色絵銘々桜図
天皇皇后両陛下に献上された、仁窯・小畑裕司氏の夫婦湯呑です。柿右衛門様式特有の澄んだ乳白色の素地に、ピンクの強弱にまでこだわった繊細な桜が総手描きで施されています。一客ごとに絵柄が異なる、世界に一つだけの夫婦湯呑です。結婚祝いや退職祝い、海外の方へのお土産としても喜ばれています。
- 「退職なさる部長のお祝いを探していて、桜の描かれた湯呑に一目惚れしました。描かれた桜とその余白が大変お洒落で、まさに探していたものでした。部長にも『どこで見つけたの?』と言っていただき、思った以上に喜んでいただきました」
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よくある質問
有田焼と伊万里焼はどちらが高級ですか?
どちらが上ということはありません。江戸時代は同じものでしたし、現在も産地の違いで呼び分けているだけです。価値は窯元や作家、作品の出来によって決まります。
古伊万里と伊万里焼は違うものですか?
古伊万里は江戸時代に作られた伊万里焼(有田焼)を指す呼び名です。現在伊万里市で作られている伊万里焼と区別するために「古」をつけて呼びます。
柿右衛門様式と鍋島様式の見分け方は?
柿右衛門様式は乳白色の素地に余白を活かした非対称の花鳥図、鍋島様式は青みのある白に整然とした構図で、皿の裏に文様と高い櫛高台があるのが目印です。
有田焼はなぜヨーロッパで人気になったのですか?
17世紀後半、中国の内乱で中国磁器の輸出が途絶え、代わりにオランダ東インド会社が有田焼を大量に買い付けたためです。柿右衛門様式や金襴手はヨーロッパの王侯貴族に愛され、マイセンなどの名窯に影響を与えました。
- 江戸時代の有田焼と伊万里焼は同じもの。伊万里港から出荷されたので「伊万里」と呼ばれた。現在は有田町産が有田焼、伊万里市産が伊万里焼
- 有田焼は1610年代に誕生した日本初の磁器。祖は朝鮮出身の陶工・李参平で、泉山陶石の発見が始まり
- 三大様式は柿右衛門(余白と赤絵)・鍋島(整然とした献上品)・古伊万里(豪華な金襴手)
- 九谷焼は有田の技術を源流にもつ磁器で、器全体を濃く彩る「九谷五彩」が特徴
- 贈り物には、天皇皇后両陛下献上の仁窯・色絵桜図など、一流窯元の特A品を



































